本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1897(明治30) 年2月11日

 二月十一日 木 朝久保某と云学校の生徒が来 何を聞くと云事も無く話す 其内ニ松波が来 仏語の学校を建てると云事ニ付て話す 昼になつて書生ハ帰り松波と伊藤と三人でめし 午後春山郁次郎が来た 久振で逢つた 此頃ハ浜町二丁目十七番地とかニ居ると云た 夕方まで話す 今日ハ客の為ニ外出も出来ず 又庭造の下知も出来ず 佐野が来たので松波と三人で六時頃から出かけて溜池でめしを食ひ又例の二十一などした 菊地 合田等が集まつた 一時頃ニ帰る 今夜ハそんなニひどく寒くなく月ハ中々よかつた

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