本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1895(明治28) 年2月15日

 二月十五日 (従軍日記) 天気悪キ事昨日の如し 併しはだもち余程暖也 風の吹く処ニ外套なしニ立つて居ても少シも寒ヲ感ゼズ 舟のゆるゝ事ハ矢張はげし 丸山君ハ昨夜も今朝もめしを食ハずニ寝て居られたれどオレハ一度も欠けず 今度ハ不思議ニナントモナイのハ真ニ仕合也 正午頃より対州が見へ出した 下等のきたない甲板のヅツクのかぶさつて居る処ニ腰をかけて小説を読で居たら上等の boy が通りがゝりニ憐れとや思ひたるにや箱の中から蜜柑を二ツ三取り出してめぐんで呉れた ありがたくうれしく押頂て収めぬ 虎山で堀井君の友人なる杉君が来た時ニ蜜柑を呉れたが一の蜜柑を四ツ位ニ切つて僅ニ其一と片を食ふてよろこんだが今日ハ独りで丸ごと食ふとハぜいたくな話だ 夜八時頃ニ下の関の入口ニ来り いかりを下して此処ニ錠泊ス 此ノ辺潮の流急ナル上浅瀬多きが故なるべし

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