十一月二日附 グレー発信 母宛 封書 (前略)かきかけのゑもだんだんすこしづゝできあがつていきますからおもしろいことです なニしろらいネんかぎりのことですから一しようけんめいニなつてほネををつてをります かごしまニかへつたらぜひさくらじまにいつてとうぢばのゑをかきたいもんだとおもつてをります につぽんへかへつたらかきたいものがたくさんでてくるだろうとぞんじます こまることニはにつぽんにハせんせいがないのとかいたゑがうれないのとです(中略) いつかおくつてあげましたおゝきなゑももうとつくについてをることゝぞんじます いまあれとおんなじおゝきさのを一まいにはでかいてをります(中略) くめさんはぶれはじまニやつぱりをります かわきたといふゑをかくひともそのしまニいつてをります わたしがいつていたころニハなつのことでしたからあそびニきてをるひともたくさんございましたがこのごろハもうみんなかへつてしまつてくめたちがふたりだけになりしづかでいゝことだそうです(後略) 母上様 新太拝
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七月十四日 金 晴 仏国大祭ニ付仏大使館 議長官舎晩餐 久保田男 村上男訪問 夜金山平三夫婦来