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     三月十二日 火 朝晴 正午雪後雨又雪 夜みぞれ ボウゼン (欧洲出張日記) 七時にボーイが戸をたゝいて呉れたから直に飛起きた 窓の幕を上げて見ると山の重なつて居る間に人家が有る 山には半腹より上には薄く雪が見へる 又人家はポツポツ殆んど絶頂まである 八時四十五分に気車が出た 米国の婦人連も此の気車に乗る 気車は未だこれから段々山を登つて行く 片側の山には日が当つて片側ニは霞がかゝつて未だ夜がはつきり明けないといふ姿だ 谷川に沿ふて行く時も有り人家を幾尋といふ下に見て走る時もある 十一時過にブレンネールと云ふ村を過ぎたが此辺が絶頂と見へる 此処から少しづゝ下りに為つたやうだ 又此辺は雪降で山も谷も真白く為つて居る 此の辺の山に生へて居る樹木はパン サパン シエーヌ ブーローの四種が主なものだ 山を下れバ次第に雪はなくなる 十二時四十五分にインスブルグに着いた 此辺にはもう全く雪はない 此処のステーシヨン内の食堂で出来合の飯を食ふ 一人前酒附で一クーロン半なり 一時十二分に此のステーシヨンを出て墺独の国境リンスタインに着いたのは二時四十五分 荷物の検査が済で三時五分に此処を発し五時五分にミユンヘンに着いた 直にステーシヨン前のホテル・ドルーロツプと云ふのに這入る 此の宿屋では門番 ボウイ長 食堂のボーイ等仏語をやる 此処でハ昼めしはスーペと名づけて二た品位で止める 丁度仏国風とは逆だ 全体此処の風で行けバ今晩は即ちスーペをやつた 二た品位で我慢をして置かなけれバならないのだがいかにも腹がへつて居るからわざわざヂネーを命じて食た 又此処の名物のビールを飲んで見たがさすがに有名なもの丈あつて甘い 一口たつた時にハ麦の香か知らないが一寸蜂蜜のやうな香がプーンとする 味も普通ビールといふものゝやうに苦くない 巴里のカルチエ・ラタンのミユンヘン・ビールなどといふものハ丸つ切り此の味ぢやない 今日は丁度いゝ処に着いた 此のバヴアリヤ国王の八十の賀の祝とかで白と浅黄と縦に合はした細長い褌的の旗をぶら下げるやら日本のお正月のやうに松を木戸口に立てるやら其他店先きに王様の石膏像を飾つた内も有れバ二階の窓の前に油画の御肖像を出した家もあり色々に意匠を凝らして一軒毎の装飾がしてある 今日着いた時は雪がパラパラ降て居たが食後に外へ出ると今度はみぞれだ こんな天気でも平気なものだ 傘もさゝないでぞろぞろ人が通つて居る 市庁か何かの前でハ音楽をやつて居り又赤や青の火をもやしたりして居るものだから此の辺へ皆人が押懸けて其賑ハひは花時の円山どころでハない しかし浮かれて飛び廻るやうな酔パライも居ず又巡査などが馳けあるいて大声だして人を制するといふやうな事もさつぱり見受けなかつた 只縁日流に人がぞろぞろ歩いて居るが此国の人は一体に極おとなしいと見へる 人の衣服は巴里の流行といふやうなのは極稀で大抵はいかにも田舎平らしい様子をしてをる 萌黄羅紗の少し頂がすぼまつて居て後に羽の差してある帽子を冠つて居る男を沢山見た シルクハツトの者は百人に一人あるかなしだ 丸帽の者もたんとはない 大抵ハ柔かい帽子だ 学校通の小児等には毛糸の帽子が多い 別嬪は至て少ない 犬は必ず金網を面にはめて居る

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1910(明治43) 年4月12日


 四月十二日 (鹿児島旅行記)
 九時四十分発桜島行 柳元旅館 六時過発帰鹿 薩摩屋ニテ九時半ヨリ十一時頃迄語ル 同行五人

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