1904(明治37) 年7月6日
七月六日 水 晴 暑如昨日
本日ハ小西氏ノ来診ナリシガ来ラズ 御容体ニ就テハ尿量非常ニ少ナカリシ事ノ外異状ナシ 午後自像ヲ描ク 大迫君先日結婚セシ由聞及居タリシガ新婦同道来訪 夜森岡柳蔵来リ十一時半頃マデ語ル 同人ニ海戦図ノ下書ヲ依頼セリ
(発信) 金沢市ナル下山ヘ手紙ヲ出ス
夜九時過矢来町に校長の病気を見舞ふ。高村光雲が来て居た。落第生の件につき話す。十一時過帰宅。午後四時頃に竹沢来訪、小代と佐野を誘ひ今福にて食事。旅順陥落十五日見当なるべしとの風説、其他戦争談色々始まる。今日は大山総司令官の出発で市中は宛然旅順祝捷のやうな観がある。帰り掛に一同立寄り冷風の中に少時話す。(七月六日 晴)