1900(明治33) 年7月1日


 七月一日 (欧洲出張日記)
 今日も天気はよく静かな日であつた 寒暖計は昼間が二十七八度夜は二十四五度位で中々涼しく為つた 終日陸を見ないで夕方ニ為つて晩めしがすんで甲板に出るとシシリー島が見えた 伊太利の方は雲ニかくれて見えず 此の頃から風が少し強く為り波の音も高く為つた メツシーヌ海峡の流に向つたものと察せられる
 夜十一時から十二時へかけて大陸と島との間を通りぬけた 右ニレツヂオ左にメツシーヌの市街の沢山のあかりを見た 暗夜の事だから只ポツポツあるあかり丈で市街の形は見えなかつた 此の海峡に入る前ニ大きな灯明台と覚しきものが見えたが段々近づくニ随ひあつちこつちにこんなあかりが幾個も出て来た よくよく見ると軍艦だ 伊国の艦隊が演習でもやつて居る処か何かであつた 此の暗夜の此の多数の軍艦の中を通り抜けるのは生命をなげうつて大変な危険をおかして居るやうな具合で甚だ愉快であつた 先日より支那の一件が気に為つて居る最中これに砲声さへ加ハれバ丸で海戦だ