本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1900(明治33) 年7月3日

 七月三日 (欧洲出張日記) 今日午後に馬耳塞に着くと云のだ 船客が皆被物など被更て甲板ニ出た 吾れ吾れも荷物の片附などした 十一時頃から雲の中に仏国の陸が見えて来たので皆其方に向て一生懸命に見て居る いつもの様に甲板を往たり来たり散歩して居る人が少ない 今日は日は当らないではないが雲の多い日で海はどろりと白つちやらけて居る 寒暖計は午後一時頃に二十四度(七十五度二分)で益涼しい方だ 二時前後から雨に為つて来て景色が丸で北海のやうだ 二時半過ぎに船がシヤトウヂフ島の前に繋つた これから検疫と云騒ぎでしばらく立つて医者殿が見え夫れから人数調が済んでよごれものゝ消毒荷物の検査など下らない事で非常ニ手間取り六時半ニ為つても誰れも上陸する事不叶 とうとう七時に今一度船で晩めしを食ハせる事と為つた めしを食て居る間に総ての検疫事務が済で船はマルセイユの港に這入つた 八時頃馬耳塞ニ着した 荷物の世話をする男を頼で荷を運バせたりなんかして税関の検査を済ませてグランドホテルといふのに落着いたのは十時過ニ為つたと思ふ 一夜七仏といふ一寸綺麗な部屋に這入る

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