本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1900(明治33) 年5月26日

 五月二十六日 (欧洲出張日記) 朝九時頃に神戸に着いた 京都の堀江君からの電信を受取つた 直ニ上陸して内と堀江とに電信をかけた 日野敬全氏が安藤の迎ひかたがたオレの別れにわざわざ京都から来た 三人連で元町を散歩し買物など済ませ夫れから日野氏の指図で天王と云ふ所ニ行た 天王と云ふ処ハ湊川の上の山の麓で温泉が有り連込用の茶屋が沢山有る 三川屋といふのを撰んで這入つた 先づ湯かたに被更えて風呂ニ行く 風呂は何か鉱泉で少し臭い 三川屋の直く下に小さな家が有つてお宮の拝殿の様な姿の建物が見ゆる それが湯やだ 湯壺は美麗で深い 胸の辺まで湯がある 湯から出て食物を命じ又芸者を二人呼びニやつた 芸者は柳原と云ふ処から出張するのだそうだ 三四時頃ニ為つて芸者が来た 地ふた(上り下り)といふものをひいてきかしたが静な調子で中々面白いものだ それから大あばれニあばれて七時頃まで居た 安藤と日野が船まで送つて来た 又餞別ニ二人から葉巻煙草を百本呉れた 船で仏蘭西の麦酒を御馳走してお土産ニ仏蘭西煙草を日野氏ニ贈つた 九時半ニ二人ニ別れた 正十二時ニ船が出た

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