• テクスト
  • 物故者記事
  • 美術界年史(彙報)
  • Art news articles
  • 年紀資料集成
  • 黒田清輝日記
  • 久米桂一郎日記
  • 白馬会関係新聞記事
  • 書画家番付
  • 書画家人名
  • 画像
  • ガラス乾板
  • 4X5カラー
  • 新海竹太郎
  • 畑正吉
  • 尾高鮮之助
  • 和田新
  • 『美術画報』
  • 黒田清輝作品集
  • X線フィルム
  • 記事珠
  • 森岡柳蔵旧蔵資料
  • 資料目録
  • 久野健
  • 久野ノート
  • 中村傳三郎
  • 山下菊二
  • 斎藤たま
  • 及川尊雄
  • コロナウイルスに影響を受けた展覧会
  • 松島健
  • 笹木繁男
  • 京都府寺院重宝調査記録(赤松調書)
  • 報告書
  • 活動報告
  • Monthly Report
  • HOME
  • >
  • 黒田清輝日記
  • >
  • 十一月二十九日 土
  • about
  • 前言
  • 凡例
  • 更新履歴
  • categories
年代
1880年代
  • 1884(明治17) (16)
  • 1885(明治18) (18)
  • 1886(明治19) (25)
  • 1887(明治20) (56)
  • 1888(明治21) (28)
  • 1889(明治22) (31)
1890年代
  • 1890(明治23) (37)
  • 1891(明治24) (63)
  • 1892(明治25) (159)
  • 1893(明治26) (23)
  • 1894(明治27) (50)
  • 1895(明治28) (47)
  • 1896(明治29) (366)
  • 1897(明治30) (122)
  • 1898(明治31) (2)
  • 1899(明治32) (29)
1900年代
  • 1900(明治33) (45)
  • 1901(明治34) (187)
  • 1902(明治35) (43)
  • 1903(明治36) (352)
  • 1904(明治37) (228)
  • 1908(明治41) (2)
  • 1909(明治42) (7)
1910年代
  • 1910(明治43) (42)
  • 1911(明治44) (8)
  • 1912(明治45 / 大正1) (311)
  • 1913(大正2) (365)
  • 1914(大正3) (363)
  • 1915(大正4) (336)
  • 1916(大正5) (357)
  • 1917(大正6) (274)
  • 1918(大正7) (356)
  • 1919(大正8) (273)
1920年代
  • 1920(大正9) (209)
  • 1921(大正10) (275)
  • 1922(大正11) (276)
  • 1923(大正12) (7)
  • 125 years年前の今日の日記

     三月二日 土 雨 午後霽 (欧洲出張日記) シエナ(仏語にてシエンヌ)はオルヴヰエトより三倍程もある処で矢張高い岡の上にある 三ツの岡に跨つて居るので登り降の急な長い坂が多い 皆一面に平たい石が敷つめてあるから上から見るとすべりそうでいかにもけんのんに見へる 中世時代ニハ随分烈しい戦もやつたと云ふ事だ 千五百五十四年にコスモ一世の大軍に対して十ケ月間の籠城をやつた時などにハ此処の婦女子の勇気は盛んなものであつたといふ話だ 此のシエナといふ処ハ伊太利中で尤も美人の多い処だといふ事だが美人といふやうなのハ一人も見受けない しかし甚だしい醜婦も見へないやうだ 今日の見物ハ朝の内に美術学校附属のミユゼ サン・ドミニコ ヅオモ及オペラ・デル・ヅオモ 昼過に町役場(パレ・コンミユナル) サンタゴスチノ オラトワール・ド・サン・ベルナルヂノ サン・スピリト エグリーズ・ド・フオンテジウスタ等なり 美術学校付属の絵画陳列館にハ此辺の画派の尤も古い宗教が多く集めてある 画史の研究にハいゝが画として眺めて面白いといふのハ少ない 宗教画が主できびの悪い方だ ゼンガ・ジロラモといふ千四百七十六年から千五百五十一年まで活た人で今迄ハ一向聞た事のない人だが此の人のフレスクが二枚ある Fuite d’Enée; Rachat de Prisonniers の二枚だ どつちも気に入つたから其写真を買つてかへる サン・ドミニコ寺にハソドマがサント・カトリヌ・ド・シエンヌの事をかいたフレスクがある 此の画は此のソドマの作でハ尤も優等のものとしてある ソドマの画は美術学校の方にもあつたし此のシエナには沢山ある 此の土地の生の人で評判がいゝがオレはそれ程にハ思ハぬ 画の体は一寸レオナール・ド・ヴアンシイとラフアエルとまぜたやうな風だ 達者には違ない ヅオモは此のシエナで一番立派な寺だ 内外共に充分装飾してある 尤も感心したのハ堂内の敷石で白黒鼠の三の色の大理石を組み合せて戦争の図や何か色々な図をこしらへた一四二〇から一五五〇年の間ニ出来たもので画家ベツカフミ等の作だといふ 中央の重な部分にハ一面に板がかぶせてある 一年に一回即ち八月中丈此の板をのけるそうだが其他ハ年中かぶせて置くのだそうだ 案内者がはぢの方を少しめくつて見せた 左手に文庫といふのが有る 其処の壁画はピンチユリツキヨの筆で十枚続きの大作だ 随分つよい美しい色で出来てる 馬の轡などハ別に土だか何だかで高く盛り上げてあつてそれに金で模様がかいてある 又此壁画は今に出来上つたやうに立派にして居る 画題は法王のピイ三世の功名話だ 其直脇の小さい円形の室にもピンチユリツキヨの壁画が有る 其中にも実に甘いのが有るが此の方は古ぼけて仕舞つて居て黒くなつて居る おまけに室が薄暗くして居るからはつきりは見へない 此の室にドナテロの作だといふサン・ジヤン・バチストの銅像が安置してある オペラ・デル・ヅオモは小さいミユゼでヅオモ寺にあつた古い彫刻物のこわれたのなどが保存してある 画も少しハあるがまあつまらない方だ パレ・コンミユナルは中世即ち封建時代を思ひ出させる建築で百メートル許の高い物見が附いて居て武張つた姿のいゝ家だ 千二百年代の仕事だといふ事だ 古風な壁画が沢山有る モンテマツシ襲撃の図などは建築と相応して居る ラウランゼツチ筆の善悪政府と云ふ画も中々面白い 此の家の窓から南の方を見た景色は目の下に古風な市場が有つて其先は谷に為つて向ふに岡が見へる 丸でフレスクにあるやうな形だ サンタゴスチノ寺ではマテオ・ヂ・ジオヴアニのマツサクル・デジノサンの図が面白い オラトワール・ド・サンベルナルヂノに這入らうとしたら其境内に遊んで居た児供が二三人走つて来た 何んとかしきりに云ふ 之れハ案内をするといふ事ならんと察してシイシイとやると直に又かけ出して方丈のやうな処に行て寺男を呼び出して堂の扉を開けさした 此の児供等は銭を貰ふ目的でこう云ふ事をしたのだ 総て此の伊太利にハ乞食が多いが又只の者でも臨時に乞食に為る 婆や爺で乞食でもなんでもない者が吾々の面を見てアゝこいつ等は変な面の奴等だ外国人だナといふ様子をして直にあわれつぽい声で何か云て手を出す 児供等も兼て親達から云ひ付けられて居るやうにぬからずに乞食に化ける そうだと云て案内をして呉れる人ハ皆乞食だと云ひ切る事は出来ない 中にハ深切な人もある ルツカで一人の老人が至極丁寧に寺の案内をして呉れたのもあり又此のシエンヌでハ今朝美術学校をさがして歩いて居る時或老人に道をきいたら其人がわざわざ学校の門まで送つて来て呉れた サン・ベルナルヂノではソドマの画もあるがパキアの画の方が気に入つた サン・スピリトではソドマの筆でウヰエルジユがサン・アルフオンスにドミニカンの被物を渡して居る図がいい エグリーズ・ド・フオンテジウスタでハ大した画はない 大理石の仏壇が名高い丈だ 今日は朝から雨が降つていやな天気だつたが昼頃から霽た 例の如く久米公がベデカの案内書で道を調べて先きに立つて案内してくれる 処でサン・ドミニコ寺の入口が一寸分らなくつて横手の門の有る処に這入り込だ 見ると門番は兵卒だから此処は兵隊屋敷かも知れない へたまごつくと馬鹿を見るぞと云つて佐野と門を出ると久米公は其儘少し進んで行たが間も無くラッパの音が聞へて久米公は又のそのそ出て来てナアーンだこわがつて居上らと云つて威張つた 今夜寝床に這入つてから巴里を立つ時に久保田君が貸してくれた湯島詣といふ小説を読で二時頃に眠る

    続きを読む »

November 1913
M T W T F S S
« Oct   Dec »
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
  • search

1913(大正2) 年11月29日


 十一月二十九日 土
 午前例刻ヨリ上野学校ニ於テ授業 午後三時過帰宅 午食時学校食堂ニテ陶器ノ分配ヲ受ク 六時頃ヨリ二時間計小川氏ト語ル 後兼清来リ一時過迄雑談

« 十一月二十八日 金 曇 十一月三十日 日 »

to page top
© 2014 独立行政法人 国立文化財機構 東京文化財研究所