1892(明治25) 年7月27日
七月二十七日 水曜 (ベルギー・オランダ紀行)
昼めし前ニ三人連で古道具屋ヲひやかしニ行ク 松方氏の気ニ入たリユバンスの画ヲ見ニ行たのサ いよいよ其画ヲ百仏位ナラ買ふ可しと云事ニなり久米と三時半頃より其談判ニ出懸く ランブラントの小ナ画一枚副て百十仏ニやつゝけ其レヲ持て相場会所のわきの茶屋ニ行き一杯やらかし後松方氏の処ニ帰る 和郎が来て居る
Pprtes de Loavoinなる旭門軒へ三人連で夜食に行く
九時半頃より仕度してウエベル家へ出懸く 二番目の娘ポーリヌさん伊吉利斯国より帰て居る つらつら此の一家の風を見るニ娘さんなども色気付たる様ニ為て面白からず 婆さん拙者等ニ対する振舞三四年前ニ比すれば深切の風少し いやニ気取タル処ハ金が出来て来タからの事 時と云者ハ人の心を変らしむるニ大事な者也と云感を起サしむ 第三番目の娘小僧なんかハ庭の隅の小屋のうす暗き処で士官学校の生徒とも云可き小びつちや野郎と手ニ手を握り合て居たる如きハ俗の極 お婆さん若キ画かきなどを三四人も集めて美術家ヲ保護するなど斯様ナルチヤンチヤラ可笑し □(原文不明)を咄も我娘の身持ヲ打ちやらかして置くのハ乍失礼お間違でしようよ 今迄ハいい婆さんだと思ていたがもういやニ為た をれの心も随分変り易いもんだナ 今夜も松方氏方のお亭主殿及ビ其お娘さん等の処で一寸話す シトロン水のお馳走ニあづかる 甘かつた 又此処へ一泊
午前松方氏ト三人歩キ古道具屋ニルューベンスノ筆ト称スル画ヲヒヤカス 昼後又出掛ケトート百佛ニテ画ガ手ニ入リ松方氏大喜也 五時半比松方氏方ニ和郎来リ書附ヲ書イテ呉レタノテ安心ナリ 旭門館ニテ夜食後娑さんノ処ニ出掛ケ黒田犬ニ靴ヲカジラレ大不出来ナリシ 今夜モ松方氏宅ニ泊ル(七月二十七日)