十一月八日附 パリ発信 母宛 封書 (前略)こゝのこうしくわんづきのおやくにんさまのはちださんといふおかたがわたしにかををかいてくれないかとおつしやいましたからこのごろハたいていまいにちおひるすぎにそのおかたのかほをかきます よいけいこになります またはちださんハまことにかんしんにてゑんぽうのところをかまわずわたしのうちまできてくださいますからまことにしやわせでございます くめさんとさくばんもこんばんも一しよにめしをたいてたべました めしのおかずにはいわしをやいてたべました このほうがせいようりようりよりをたべるよりもよつぽどけんやくになりなりますけれどもめしをたいたりなんかするのにハなかなかひまがかゝりめんどうでございます(中略) わたしはこないだたびからかへつてまいりましてからやつぱりくめさんのうちにとまつてをります このほうがひとりでをるよりもにぎやかでございます このくめさんのうちからわたしのうちまでいくのハちようどうちからかいざかにいくくらいのところでございますからまことにべんりでございます この二十日ごろニかわぢさんがにつぽんへおかへりなさるどうですからそのびんにハなにかわたしのかいたゑをおくつてあげませうとぞんじます どうぞまつていてくださいまし(後略) 母上様 新太
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六月二十一日 水 四時半雨潤会至九時 午後二時千駄谷公邸至三時半 雨潤会救世軍浅草談 閉会後中川男ト語ル 約一時間