1917（大正6） 年11月1日
十一月一日 木 曇 夜半雨 午前中菊地君一女史ヲ同道シテ来訪 午後岡野氏女学部新築教室ノ件ニ付来談 序ニ同氏ニ托シテ扇子ヲ四五ノ教員ヘ送レリ 子爵野村君ハ保田龍門保護ノ件 三島ノ河邊氏ハ作品ヲ持参シ岡ハ研究所ノ報告也 今夜ノ今文ニ催サレタル国美ノ宴会ハ断リタリ
本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。
1917（大正6） 年11月2日
十一月二日 金 雨 中村勝君午前十一時頃入来 午後四時頃迄語ル 此前後ニ於テ支那絵画史ヲ読ミタリ 小笠原伯ト福岡秀猪君ニ岩村紀念基金募集勧誘書ヲ送リ櫻田助作君ニ文展入場券ヲ送ル
1917（大正6） 年11月3日
十一月三日 土 曇 午前八時頃ヨリ馬上氏面会致サレ度旨女学部ヨリ電話カヽリ十時頃入来 新築図画教室ト来ル木曜講演ノ事其他岡野ノ昇級ニ付話アリタリ
1917（大正6） 年11月4日
十一月四日 日 雨 午後草光子美術新報ノ為メニ来リテ談話ノ筆記ヲナス
1917（大正6） 年11月5日
十一月五日 月 午後曇 午前十一時頃和田三造伊豆湯ケ島ヘ赴カントテ暇乞ニ来ル 草光ハ原稿読合セノ為ニ来リ二人落合ヒタリ 午後資英子ヨリ菊花ヲ受ケ元三ト共ニ兼当翁ノ遺稿ナドヲ観タリ 夜時延履歴書ヲ持参ス 去ル明治三十九年ニ久米君ト起草セル美術評議会規則案ナルモノヲ撰シ出シテ写シ直ス 美術院案ノ参考トシテ提出センガ為ナリ
1917（大正6） 年11月6日
十一月六日 火 晴 午前登校 授業 修学旅行中ノ行違ニ付関係者ヘ言渡ヲナス 大村学生監ニ去ル明治三十九年立案ノ美術評議会規則ヲ渡ス 児島虎次郎学校ヘ訪ネ来リタレバ同道文展場内ノ風月堂出張所ニ到リ茶ヲ喫シナガラ一時間許仏国グレ村ノ事ナド語リ合ヘリ 帰途人力車覆ル 怪我ナシ 三時半頃帰邸 渡辺氏ノ診察ヲ受ケ午食ヲ取ル 文相ヨリノ電話ニテ四時前永田町官邸ヘ赴キ同三十分頃辞去 直ニ東京倶楽部ナル雨潤会ニ出席ス 今博士ノ癌ニ就テノ講話アリ 晩餐後龍田手箱ヲ持参シ諸氏ノ観覧ニ供ス 留守中梶山氏ヨリ隣邸川南及旧キヨソネ邸聞合ノ報告アリタリ
1917（大正6） 年11月7日
十一月七日 水 晴 少シク心ヲ労シタル日也 午後十時文展事務所ニ出頭 買上会議開カル 出席者委員長 局長 主事 及小子ノ四名 来ル十日報告書作成ノ為更ニ部会ヲ開ク事ニ決シ通知発送ノ事ヲ書記ニ頼ム 事務所ニテ弁当ヲ食シ午後一時半頃文相ノ使トシテ仏国大使ヲ訪問シ画家 Patisson 招聘見合ノ件ニ付談判セリ 夫レヨリ直ニ文部省ニ到リ文相ニ復命シ四時頃帰邸 十時藤島君来訪 十二時半頃迄語ル 高木対新納ノ縁談ガ主ナリ
1917（大正6） 年11月9日
十一月九日 金 晴 午前中晩翠軒ニ寄ル 加藤恒忠君ト出遇ヒノ約束ヲナセシガ故也 加藤君 山口子爵 賀古君 田口君 後藤氏等会合 硯石ノ観賞ニ時ヲ移シ午餐ノ振舞ニ逢ヒ二時半ニ至レリ 調度寮ヨリ電話アリタレドモ通話器ニ故障アリテ聴取レズ 行キテ用務ヲ弁ズ 芝ノ荒井ト云ヘル写真師ノ門人来リテ「栗拾ヒ」ヲ撮影ス
1917（大正6） 年11月10日
十一月十日 土 曇 夕刻ヨリ小雨 午前十一時半頃登校 授業 我教員室ニ於テ午後一時半ヨリ審査部会開会ノ筈ナレバ弁当ヲ取リテ諸氏ノ来会ヲ待テリ 満谷 和田（三）ヲ除キ全委員出席 報告書ノ件ヲ議シ四時頃散会ス 仏国大使館ニ寄リ Patisson ニ関スル書類ヲ閲覧シ了リテ大使ニ面会シ七時頃帰邸
1917（大正6） 年11月12日
十一月十二日 月 晴 午前中吉田健夫ヨリ電話ニテ修学旅行中ノ失錯事件解決セル旨報知アリ 午後三時宮城紅葉山御撮影所ニ到リ準備ノ模様ヲ検査ス
1917（大正6） 年11月13日
十一月十三日 火 晴 御撮影ノ事無事ニ済ミタルハ仕合ノ至ナリ 午前九時十五分頃紅葉山ニ出仕シ十一時半頃工場ヘ引下リ序ニ研究会ノ規則ヲ相談シ零時半頃退出ス 午後仏国学士会院ノ規定ヲ書写シ又大工宮越ヲシテ三條公ノ古道照顔色ノ額ヲ座敷ニ吊ラシム 此額ハ数年来玄関ノ正面ニ掲ゲ在リシガ雨漏ノ為先日取下シタルモノナリ 七時半約束ニ依リ南薫造報告書ノ草稿ヲ携ヘ来レリ 八時半頃三造来ル 南ト三人ニテ報告書ヲ訂正ス 又溜池ノ件ヲ語リ一ト先落着安心セリ 此件ハ約束ヲナセシモ実行ニ苦ミ大ニ困リ居タルモノナリ 溜池研究所内ノ画室貸与ノ件中止
1917（大正6） 年11月14日
十一月十四日 水 晴 出勤前坂井義三郎君来訪 小冊子二部ヲ寄セラル 十一時過登校 一時退出 中村君ヨリ菊一ト鉢ヲ受ク 文展ニ到リ久保書記ニ審査書ノ原稿ヲ渡ス 三時玄関先ニテ岡野君ト語リ直チニ宮内省ヘ赴キ工場ニテ現像ノ結果ヲ調ベ之ヲ寮頭ニ報告シ携ヘタル記念ノ扇子ヲ寮頭以下四氏ニ贈リテ去ル 明日ノ講演ノ原案ヲ作レリ
1917（大正6） 年11月15日
十一月十五日 木 曇 午前十時四十五分ヨリ十一時半迄女学部ニテ講演ヲナセリ （欄外 水交社有栖川宮殿下御銅像委員会）
1917（大正6） 年11月16日
十一月十六日 金 朝雨 午後晴 午前十一時ヨリ零時半頃迄御写真部ト調度寮ニ在リ第一回ノ見本ヲ提出セリ 午後仏国学士会員姓名等ヲ書写ス 和田三造 福岡ノ中山博士同道来訪 亦近清 時延モ来ル 五時過ヨリ龍ノ口ナル銀行倶楽部ニ開催ノ白耳義会ヘ赴ク 加藤恒忠君ヲ主賓トセル会合ニテ食後同君ノ戦地視察談アリ
1917（大正6） 年11月17日
十一月十七日 土 晴 仏大使館ニ寄リガロア君ニ見本トシ借用セル大礼服ノ帽子ヲ返シ明日ノ午食ノ招待ヲ断リ学士院規則書ヲ借リ受ク 文展ノ事務所ニ調印ヲナシタル報告書ヲ差置ク 但シ二三訂正ヲ要スル個所ヲ指示セリ 学校ノ授業ヲ終リテ和田君ト再ビ文展ニ寄リ更ニ報告書中ノ不備ノ点ニ付注意スル所アリ 三時島内氏来訪 洋画家ノ調ニ付相談ノ件了ル 夜遠藤達及ビ荻原氏来レリ
1917（大正6） 年11月19日
十一月十九日 月 曇 午前十時頃ヨリ午後十一時半マデ訪客ニ接ス 仲ハ遺言状ニ関シ 岡野ハ文展切符借用ノ為 鈴村ハ崋山筆ト称スル油画ノ鑑定依頼 吉田ハ修学旅行ノ始末及ビ出品画無断撮影ニ対スル取締願書ノ件 長尾ハ三井家ノ額縁見本持参 太田ハ遊ニ 荻原ハ浅草ヨリ蟹ヲ 高木ハ岩越線ノ某所ニテ獲タル鶉ヲ 岡ハ研究所ノ会計報告ト作品ノ批評ニ就テナリ
1917（大正6） 年11月20日
十一月二十日 火 晴 午前曇 観菊ノ御宴催サル 御苑ニテ左ノ諸氏ト談合セル用事ハ榎本子爵ニ数年前頼マレタル書ノ事 古賀廉造君ニ肖像ノ事 今泉雄作君ニ石灯籠ノ図案ト崋山ノ鑑定ノ事 曾我君来リテ晩食ヲ共ニシ快談セリ
1917（大正6） 年11月21日
十一月二十一日 水 晴 四時頃岡野君来ル 岡野君ニ典範会社ノ払ヲ頼ム 晩餐後櫻井ニ代筆セシメテ左記ヘ返書ヲ発ス 京都ノ井上 兵庫ノ東（以上先月中旬ノ来信ニ対シ） 鹿児島ノ梅北（干魚ト飴ノ礼） 房州ノ安田（秋刀魚ノ礼） 外ニ坂井 島内 坂井氏ヘハ岩村記念基金加入者ノ署名ヲ送リ島内氏ヘハ美術評論家ノ住所姓名ヲ知ラセタリ
1917（大正6） 年11月22日
十一月二十二日 木 晴 昨日見本トシテ提出セル五枚ノ内四枚調製ノ事ニ決シタレバ午後二時ヨリ調度寮ヘ赴キ寮頭ヨリ見本ヲ受取リ工場ニ入リ至急ヲ要スル分二枚ヲ修正シ四時半頃退出セリ
1917（大正6） 年11月23日
十一月二十三日 金 曇 夕刻小雨 庭ノ紅葉見頃ニナリタレバ写生セント思ヘドモ糖尿病ノ故カ心地十分ナラズ 和田三造ニ頼マレテ研究所ノ一部改築ノ設計図ヲ作リタル朝倉吉太郎ト云人来レリ 五時過ヨリ早川邸ヘ出向ク 主賓ハ本野外相ニテ富井博士 田付公使等数名列席 晩餐ノ前後例ノ等顔 雪舟 応挙等ノ名画鑑賞 十一時半頃帰邸ス