本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1890(明治23) 年8月13日

 八月十三日附 グレー発信 母宛 封書 (前略)わたくしハこんげつの一日からちよつとぱりすへいつてをりましてむかしのひとのかいたゑをうつしたりなんかしてをりましたがまた一さくじつこのいなかニかへつてまいりました そうしてやつぱりこないだからかきかけてをりますゑをまいにちかいてをります だんだんすこしづゝけしたりなをしたりしてできていきます もう十五日もしたならたいていすむだろうとぞんじます このゑがすみましたらひとのたつてをるゑをにんげんのおゝきさのとうりにかくつもりです このほうハできあがつてしまいましたらてほんになつてくれるこゝのむらのむすめニやつてしまうつもりニやくそくをいたしました そのかわりニそのおゝきなゑをかくときニはたゞだでてほんになつてくれるのです まづらいねんの五月ゑのはくらんくわいがなニよりのたのしみでございます そのはくらんくわいニわたしのかいたゑがでますればしめたもんです そのときはちよつとがくこうでもそつぎようしたようなもんです なるたけべんきようをしてぜひそのはくらんくわいニだしたいもんだとおもつてをります(後略) 母上様  新太

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