ドイツの大学院生が見た、地域と世界をつなぐ修復の裏側の文化遺産国際協力

はじめに
「日本の遺産分野における国際協力に興味がある。もっと詳しく日本の遺産国際協力への関わり方と実態を知り、実務的知見を得たい。」
そう思ったのが、私が東京文化財研究所文化遺産国際協力センター(以下、センター)でのインターンシップを志願したきっかけでした。今回のインターンシップを行うにあたって、どうやってセンターをインターンシップ先として見つけたか聞かれることも少なくありませんでしたが、「文化遺産」×「国際協力」を専門に取り扱う日本国内の組織はあまり多くなく、インターネットなどで情報取集する中でセンターの活動にたどりつくのは自然な流れでした。センターのウェブサイトをみた私は、早速、記載されているメールアドレスに履歴書と簡単な志望理由を添えて、インターンシップについての問い合わせメールを送りました。すると、ありがたいことにタイミングがよく、受入れ可との返信があり、今回のインターンシップにつながりました。
2026年8月中旬から9月中旬の1か月間、私は、センターでのインターンシップを行いました。日本の学部時代には総合科学部で「文化と観光」という分野に属し、現在は、ドイツのブランデンブルク工科大学の遺産保護・遺跡管理(Heritage Conservation and Site Management)という修士プログラムの学生です。簡潔にこのプログラムの特徴を表すとすると「様々な専門や背景を持った学生と共に、遺産の保存と活用の視点を持った総合的な人材を目指す」といったところでしょうか。昨年秋から今年の春にかけては、エジプトのキャピタル大学(旧ヘルワン大学)に留学をしていました。ちなみに、私が通うブランデンブルク工科大学には、遺産学を学べるもうひとつのプログラム、世界遺産学プログラムがあります。日本で唯一世界遺産学を学べる修士プログラムである、筑波大学大学院世界遺産学学位プログラムと協定を結んでいて、学生や教員の交流があります。
インターンシップで学んだこと

インターンシップでは、文化遺産国際協力コンソーシアム事務局の運営補佐のほか、主に「紙の保存と修復」の国際研修の実習運営補佐に関わりました。この国際研修は、1992年より東文研とイクロムが共催しており、毎年世界中から寄せられる多くの応募者の中から、10名の文化財保存専門家を研修生として日本に招き、和紙の製造や取り扱い方、日本の文化財の修復技術、文化財保護制度などへの理解を深めてもらっています。今年は、オーストラリア、ブラジル、カナダ、ハンガリー、インド、オランダ、ニュージーランド、スロベニア、イギリス、アメリカから研修生が集まりました。世界で活用されている日本の修復技術や道具について、実際に日本で学ぶことは「Holy Grail (聖杯、つまり非常に貴重で至高な体験)」のようだという研修生の言葉が印象に残っています。
私は、大学院で文化財修復の授業を履修しましたが、その授業の内容は修復の理念や原則が主で、修復技術や美術品の取り扱いの知識はほとんど持ち合わせていませんでした。ヨーロッパの大学に在籍していると、教えられる内容もヨーロッパ的思想に則ったものも多く、特に、日本の文化財修復に関しては、和紙が世界的に修復の現場で使用されていることと、伊勢神宮の式年遷宮を例に、ヨーロッパとは文化財の理念そのものが異なり、それにより修復の理念も異なることが、授業内で触れられたのみでした。そんな私だからこそ、今回の研修の内容は、今まで知らなかったことの連続で、普段博物館やお寺などで目にする日本の文化財が、展示の裏側でどのように保存されているか、実際に見ることは初めてでした。日本の文化財はいかにして守られているのか、技術的にも制度的にも理解を深めることができました。

特に、美濃・名古屋・京都を巡るスタディーツアーに参加できたことは幸運でした。美濃では、和紙の伝統的な工房や資料館を訪れ、和紙の製造から流通、和紙についての教育・普及までの流れを、実際に目で追うことができました。「和紙の製造や日本の文化財修復技術は、〈リズム〉がキーワードだ」と気づいた一人の研修生の言葉に、共感しました。技術とは、単なる手順ではなく、人と材料、人と地域の間に生まれる関係性そのものなのではないでしょうか。

このツアーを通じて、日本の文化財保護について三つの気づきを得ました。第一に、日本の修復技術や材料・道具は、地域の人々の生活の中で紡がれ、それ自体が選定保存技術として保護されているということ。第二に、京都の伝統的な修復工房で耳にした水害対策のように、災害が多い日本だからこそのリスク管理が昔からあるということ。第三に、美濃の街並みや名古屋城など、地域住民の愛着や想いが、文化財の保存・活用の主体となっているということです。一方で、日本の文化財が抱える課題を知ることもできました。例えば、インバウンド観光客の増加により、外国人による伝統工芸品の購入につながっているものの、観光客向けの質の低い商品を売る店の登場や、伝統技術の後継者不足、最新の技術と伝統的技術の融合、原材料の入手が困難になってきていることなどです。
また、国際研修に参加する研修生の様子を観察し、感じたことがあります。それは、和紙や日本の修復技術、文化財に関する正しい知識が、必ずしも海外に行き渡っていない現状において、東文研が研修生に正しい知識を伝えると同時に、双方が交流し、研修生からも各国での和紙の扱われ方や課題を東文研が知る。つまり、一方的に指導するのではなく、協働できる場を提供することで、この国際研修は国際協力に貢献しているということです。この協働によって、協力後も、交流が続く関係性を保つことができるのではないでしょうか。実際、30年以上にわたる当研修の過去の研修生との現在まで続く関係性が垣間見え、閉講式では今後の知識の共有などの可能性を強調されました。帰国後に、日本の環境とは異なる自国で、研修生が研修で得た知識を柔軟に活かすことこそが本番なのです。日本の文化財保護に関わる様々な関係者が参加し、研修後の可能性や協力関係を見据えていることが、この研修の良い特徴だと私は感じます。このように長期的な視野を持って、多様な関係者が集うこの研修のあり方が、国際協力の一つのモデルではないでしょうか。
今後に向けて
思い返せば、私が国際協力に興味を持ったのは、昔から一貫していたのかもしれません。10代前半から国際協力に興味を持ち、将来は国際機関で働きたいと漠然と思っていました。その後、国際協力への興味は一度薄れましたが、留学したエジプトで日本の国際協力の現場や結果を実際に目にし、再び国際協力への興味を持ちました。
国際協力や文化財への関わり方は様々で、多様なアクターが関わっています。私自身、一つの専門を極めるというよりも、多角的なアプローチで遺産保護や活用について学びを深めてきたからこそ、自分がどの立場でどのようなアプローチで遺産国際協力に貢献できるのか、また今後のキャリア形成について模索してきました。現在も、今後のキャリアについては正直まだ定かではありません。しかし、今回事務局運営補佐として関わることで、文化遺産国際協力コンソーシアムのような多様なアクターをつなげる場を提供することの重要性を再確認しました。また、紙の国際研修の補佐を通じて、日本の遺産国際協力の一部を実際に体験し、そのありかたへの理解を深めることができました。私は、既存の学問分野を横断し、社会課題と多角的に関わることができることに魅力を感じ、観光学や遺産学を研究しています。昨今、遺産を通じて社会課題や地球規模課題に取り組むことが語られ、遺産国際協力の重要性がより謳われていますが、それこそ私が観光学や遺産学のプロフェッショナルを目指すきっかけと重なります。だからこそ、今回のインターンシップで、今後文化遺産国際協力に関わっていきたいという思いを強くしました。
まとめ
インターンシップ前は、日本の文化財専門家とのつながりも、日本の遺産国際協力の業務についての知識もほとんどなかった私ですが、今回のインターンシップを通じて、以上のような経験と理解を得ました。東文研で働く方々は、専門もやっていることも様々で、日々の経験のお話を聞くだけで、自分の中の引き出しが増え、新たな視点や興味が刺激されたようで、大変有意義でありました。
今後は、今回学んだり感じたりしたことを生かして、「エジプトにおける日本の文化遺産国際協力」という自身の研究をより意義のあるものにしていきます。また、キャリアに関しても、インターンシップ中、専門性があまりないという私の悩みに、一部の方々が「総合的な学びを深めてきたからこそできることがある」と言ってくれたように、私なりの文化遺産国際協力への貢献できる人材を目指していきたいと思います。
中岡茉凜(NAKAOKA Marin)
トップ画像:和紙を用いた文化財修復で使用する様々な刷毛(筆者撮影)

