イタリア・シチリア州の考古公園にみる景観保護の可能性

アグリジェント神殿の谷考古景観公園、アーモンドとオリーブの森/松浦一之介

長靴の形をしたイタリア半島の「つま先」に浮かぶシチリア島は、地中海のほぼ真ん中という地理的条件から、歴史的にヨーロッパと北アフリカ・西アジアを結ぶ役割を果たしてきました。古代にはフェニキア人やギリシャ人が植民都市を建設し、世界史の教科書にも登場するポエニ戦争を経てローマの属州となり、中世には東方のアラブ人ついで北方のノルマン人の支配下に置かれました。このような背景から、九州より狭い面積しか持たないシチリアには、遺跡や建築、農産物や食など多様な文化が重層的に残ります。

シチリアは、その地理的条件と歴史的背景から特別州の一つであり、文化遺産の保護にもいくつかの特色が見られます。その一つが「シチリア州考古公園システム」です。イタリアの考古公園は、重要な遺跡を核とした幅広い文化財と景観を一体的に保護するための手段ですが、特にシチリアでは14の公園からなるシステムの整備が進んでいます。嚆矢である「アグリジェント神殿の谷考古景観公園」は、紀元前6世紀にギリシャ人が創建したポリスの遺跡で、ドーリア式の壮大な神殿遺構の周辺にこの地方特有のアーモンドとオリーブの混交栽培が広がります。公園計画の柱の一つが、この景観の保護と活用です。老樹を守り、苗木を育てる。早い春を告げるように咲くアーモンドの花は、夏の終わりに実を結び収穫期を迎えます。毎年この頃、谷には農夫たちが長い栗の棒で枝を打つ音が響き渡り、この地域が辿った悠久の歴史に思いを馳せることができます。

考古公園を成立させる要素の一つが、景観財という枠組みです。わが国では聞き慣れない言葉ですが、イタリアの国土の半分以上がこの規制下に置かれています。景観財は、景観計画とともに従来の保護制度の両輪となってきました。しかし「~できない」という禁制的な側面が強いことから、近年では財の価値と両立可能な土地利用について「誰が何をどのようにできる」のか定める手段が模索されるようになりました。考古公園の計画もその一つであり、経済も含めた地域発展に景観財を組み込むことを目的にしています。シチリアの例では、この「受動的」な保護から「能動的」な保護への脱皮、さらにシステム化による領域全体の表現を試みる点が注目されます。

日本とイタリアは、洋の東西にあって大きく異なる文化を持ちますが、近代国家への移行、第二次世界大戦の敗北と民主化、高度経済成長など意外に多くの経験を共有しています。文化財の保護も、実はこれらを背景に整備されてきた経緯があります。私がイタリアに留学していた頃、とくに印象に残った二つの時代の議論があります。一つは、敗戦でみな腹を空かせた時代、文化遺産と景観の保護を国是としたこと;もう一つは、奇跡の成長で沸き返った時代、変質する国土を前に「国のかたち」を残そうとしたことです。私たちは今、気候変動や文化的多様性の喪失など人類に共通するいくつかの課題に直面しています。私は、これらの課題に対し文化遺産と景観の保護が大きな可能性をもつと考えています。この可能性の中に、個々の文化財のかたちを越えた普遍的な理念が見出せるのではないか、という思いで内外の文化財保護制度についての調査研究を進めています。

松浦一之介

トップ画像:アグリジェント神殿の谷考古景観公園、アーモンドとオリーブの森