1904(明治37) 年7月23日

午前学校に出掛け校長に面会、京都工芸学校へ照会案につき相談する。大分円滑に局を結ぶべき見込あり、大に満足した。今朝用人にてごたごたする。十二時頃帰宅。帝国文学会の安藤勝一郎報酬を持参。演説筆記本日中に校閲を約す。夜小代来佐野を迎へにやり二回にて小代弱る。スミレの鉢植へをなす。

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