本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。
四月二十一日 木 本日ハ始メテ御体温七度ノ上ニ出デズ 種子モ大ニ快キ方ナリ 午後一時半三年町島津邸ニ寺田氏ヲ訪ヒ同道ニテ袖ケ崎島津邸ニ赴ク 照国公御肖像ニ就キ批評ヲ請ハンガ為ナリ 家令家扶ノ連中ヲ始メ老女連ニ拙画ノ御肖像ヲ示シ銘々の意見ヲ聴キタリ 老女ハ皆々油画ノ前ニ座リテ拝ヲ為スコト神ニ対スルガ如シ 殊勝ノ至ナリ 迫水氏ニモ面会 批評了リ皆々引取リタル後暫ク迫水氏トノミ語ル 寺田氏ハ他ニ用事有リテ止レリ 拙者ハ同邸ヲ出テ寺島伯ヲ訪フ 不在 又志田町ニ山芳翁ヲ訪ヒ長時間雑談 夫レヨリ赤阪西華園ニ立チ寄リ草花類四五鉢購ヒ帰ル 此等ノ花ハ明朝母上ニ呈スル積ナリ 帰途赤阪福吉町ニテ秋月君ニ逢フ（平田町五ノ一五ニ住込） 丁度点灯頃帰宅セリ 夜少シク新聞ヲ読ミ又遺事録ヲ開キ処々添削 十一時半寝室ニ入ル
四月二十二日 金 晴 午前九時頃ヨリ登校 授業ヲ了リ十二時過帰宅セリ 午後一時半頃ヨリ東宮御所御造営局ニ出頭 織物ノ下絵ヲ持参シ股野 堤 片山ノ諸局長ニ閲覧セシム 又佐野 菊池等諸氏ニ面会シ四時過退出 帰宅後合田ト共ニ西洋野菜ノ種蒔ヲナシタリ 夜藤枝師来談 十時半ニ至ル 十一時寝室ニ入ル 母上ノ御容体益良好 小西氏夕刻来診 本日不在中寺島伯来訪 昨日ノ礼也
四月二十三日 土 晴 御容体如前日 本日ハ小西氏不快ノ為来診ナシ 午前九時半頃田中猪太郎君来リ順聖公御肖像製版ノ事ヲ相談ス 又序ニ遺事録中ニ挿入ス可キ写真製板ノ事ヲモ打合セタリ 十時頃佐々木宏七郎ト云人片山東熊氏ノ紹介ニテ美術学校入学ノ事ニ就キ来レリ 昼飯ノ時筆屋払雲堂来リ食後ニ面会セリ 午後一時頃吉澤春海来ル 同氏ニ織物図案下絵着色ノ事ヲ依嘱セリ 夕刻合田来ル 夜食後斎藤氏来リ十時頃迄共ニ遺事録ノ訂正ヲナス 又合田 一青年大野某氏同伴来訪 此ノ大野氏ハ綱祐ヘ数学ヲ指南スル約束ニテ本日ハ見知合ノ為メニ来レリ 午前善兵衛来リ畑ニ野菜ノ種ヲ蒔キ呉レタリ 迫水久中氏ヨリ見舞トシテ玉子一箱贈与 直ニ礼状ヲ発ス 又鹿児島宮ノ原高子殿ヘ母上ニ代リ書状ヲ贈ル
四月二十四日 日 晴 少シク風 本日モ御容体昨日ニ異ナラズ 午後三時頃小西氏来診 午前山田成章 吉岡育ノ二氏来訪 吉岡君ハ此度薩摩地方ヘ旅行シ今日ハ見舞トシテ来リシナリ 午後一時前父上御入来 一時間計御物語アリテ御還リ相成ル 今夜ホテルサントラルパンテオン会ノ催アリ 五時半頃ヨリ出掛ケタリ 来会者二十名 盛会ナリシ 九時半頃ホテルヲ出テ杉竹トブラトブラ歩キ数寄屋橋マデ来ル 此処ニテ同人ニ別レ杉ハ電車拙者ハ伴ヲサセ居タル俥ニ乗リ十一時帰着 半時間後寝室ニ入ル
四月二十五日 月 晴 風有る事如前日 中々暖カナリ 御容体異状ナシ 小西氏ハ不快ノ由ニテ来診ナシ 午前十時頃大久保梅子殿来訪 午後東京堂主人大橋氏絵端書ノ件ニテ相談ニ来レリ 又普及舎ノ小宮山氏修正画帳受取ノ為メ来ル 残ハ三冊ノミ 其外乾 直綱等来ル 時々庭ニ出テ少シク植木屋ヲ下知シテ草花ナドノ植直ヲナシタリ 夜食後照 綱祐 知足等ト天神ノ縁日ニ出懸ケ草花類ヲ沢山購ヒ夫レヨリ拙者丈橋口家ヘ回レリ 十一時頃帰宅ス 女子共ノ色々世間話ニ余念ナク笑フヲ聴キ覚エズ十二時過ニナリタリ
四月二十六日 火 曇 昨夜中ヨリ風強ク本日ハ終日吹キ続キ夜ニ入リ少シク雨フリ風止ム 暖気ハ一層加ハリタルガ如シ 御容体矢張昨日ト同様ナリ 小西氏ハ本日モ不快ニテ来ラズ 午前九時頃ヨリ登校 夕刻帰宅 午前十一時半頃渡辺千春君及電報新聞社員両三名同伴来校 懸賞金ヲ贈与セラレタリ 昼飯ハ精養軒ノ弁当 同席者藤 長 中 和 小ノ諸氏 午後競技風景画ノ審査ヲナシタリ 夜斎藤氏ト十時迄例ノ遺事録訂正ヲナス 今夜八時頃藤枝師一寸見エタレドモ拙者仕事中ナリシカバ別ニ話モセズ二十分間計居リテ立チ去レリ 十一時寝室ニ入ル 蒸シ暑シ 鹿児島ヨリ為換入書状今夕刻到来
四月二十七日 水 午前細雨 午後霽 漸次御快方 殊ニ本日ハ御気分宜シキトノ事也 小西氏ハ先日来歯ノ痛ニテ本日モ来診ナシ 午前佐々木宏氏来訪 昼飯ニハ藤枝氏ヲ招キタリ 是レ送別ノ意ナリ 同氏ハ本日午後五時発ノ汽車ニテ帰国 又昼飯ニハ父上モ御出被遊タリ 午後小林萬吾 中丸精十郎 町田咲吉三氏来訪 夜食後和田三造 合田清ノ二氏来訪 十一時半頃寝室ニ入ル 本日ハ終日客ノ相手ノミ 町田氏ハ橋口家対本田家一件落着ニ就キ其知ラセノ為メニ来リシナリ
四月二十八日 木 晴 御容体益ヨシ 小西氏ハ歯痛未ダ全ク癒ズ 代診名取氏午後二時頃来レリ 午前青木繁来リ同人ニ対スル学校ノ処分決議ニ関シ拙者ヨリ同人ノ意見ヲ聴キ且ツ忠告ス 午後中村君来ル 夕刻樺愛君例ノ印刷ノ事ニテ来レリ 夜食後小林萬来ル 又突然清来レリ 御用ニテ栃木県下ヘ出張帰任ノ途次ナル由ナリ 合田モ来リ語ル 小萬 清ノ二人ハ僅カノ間ニテ去リ合田ハ十二時ヲ聞クマデ居リタリ 中村ハ今夜泊ル
四月二十九日 金 晴 夜十一時頃雨 御容体大ニ宜シ 小西氏午後七時頃来診 午前安仲来ル 本日ハ中村ト共ニ登校ノ筈ナリシガ清ヲ昼飯ニ招クガ為在宅セリ 昼飯ニ清 父上ト同道ニテ来レリ 是レ笄ヘ電話ニテ清来リタレバ御一緒ニ御出被下度旨ヲ申上置キタレバナリ 三時頃マデ語ル 後チ庭ニ出テ少シク植木屋ノ下知ヲナシタリ 夜安藤ト例ノ修正ヲナシ十時半ニ至レリ 十一時半寝室ニ入ル 今夜照ヲ以テ清ヘ餞別ノ金品ヲ贈ル 清ハ橋口家ニ泊リ居ルナリ 贈リタル金品トハイサベラ烟草二タ包ト金三円ナリ 本日父上ヨリ金100y丈月末支払ノ為御下賜相成候 是レニテ先月以来下サレタル金子合計400.00yナリ
四月三十日 土 曇時々雨 随分暖ニナリタリ 六時半新橋ニ清ヲ送ル 夫レヨリ上野精養軒ニテ洋風ノ朝飯ヲ喫シ新聞ヲ読ミ八時頃ヨリ一時間計動物園内ヲ散歩セリ 後チ登校 校長ニ面会シ小林萬吾ヨリ依頼ノ洋行希望ニ関スル件 青木停学問題等ニ就キ談話シ十一時頃教場ニ入ル 十二時過退出 直チニ帰宅ス 午後小萬 高木誠一来訪 又庭ニ出テ少シク樹木ノ枝ヲ切リ透カス 夜古手紙ノ片附等ヲナシ十時過寝室ニ入ル 御容体ハ益ヨシ 小西氏ハ来ラズ 端書ニテ鹿児島ヘ先日書留ヲ受領セシ事ヲ報ズ