1890(明治23) 年10月16日
十月十六日附 グレー発信 母宛 封書 みなみなさまおんそろひいつもごきげんよくいらせられますでしようとおんめでたくぞんじあげまいらせ候 わたくしことハいつもながらげんきにていなかでやつぱりべんきようをいたしてをりますからどうぞどうぞごあんしんくださいまし このごろハこちらもよほどさむくなりました きのはもだんだんとちりますのでいなかのけしきハすこしハよろしゆうございます やつぱりまいにちてほんになるひとをやとつてゑをかきますのでなかなかおかねがいります このごろはおかねがきれかかりましたからくめさんニいくらかおかねをかしてくれとゆつてやつてをきました もうまたそのうちニかわせもついてくるだろうとまづあんしんしてをります こんどまたあたらしくひとつゑをかきはじめようかとおもつてをります そのゑハのばらでおんながうしをかつてをるところです これハまだかきはじめませんがいまかゝなけれバもう十五日もするとさむすぎてそとニひとをたゝしてをいてかくことなどハできないようニなるだろうとぞんじます ことしハずいぶんたくさんゑをかきかけましたがこれこそハとゆつてじぶんのきニいつたようにできたのハございませんけれどもなるべくひとなみニなるようニほねををつてべんきようをいたしますからごあんしんくださいまし てほんニなつてくれるをんなニやるををきなゑも三四へんかいたばかりでそのままニなつてをります もうこのごろハさむくなりすぎましたからとてもそのゑをかくことはできません なぜならそのゑのてほんニなつてくれるやつがなつのきものでうちわをもつてにハニたつてをるところですからこういまのようニさむくなつてハなつのきものでそとニたつてをるわけニハいきませんよ この六日からゑかきともだちのかわきたさんといふひとがきてをりましたからにぎやかでよいことでございましたがあしたぱりすへかへつていくそうです そうするとまたあとハまことニさみしくなるだろうとぞんじます なんだかにつぽんのことバではなしをしないとせいようのことばでハしんからはなしてをるようなこゝろもちがいたしません そのうへにつぽんじんのともだちがいないとわるくちやぢようだんなどをいふあいてがなくてまことニさみしゆうございます まづこんどはこれだけ めでたくかしこ 母上様 新太拝 せつかくおからだをおだいじニなさいまし みなさまによろしく ぐらしゑらのはなしのなかニわからなところがございましたらなんばんめのたいていどのへんだとゆつてくだされバまたなるべくわかるようニかきなをしてあげます〔図 写生帳より〕