本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1888(明治21) 年11月16日

 十一月十六日附 バルビゾン発信 父宛 封書 御全家御揃益御安康奉賀候 私事去る十二日ヨリ此ノバルビゾント申田舍ニ来り景色画ノ稽古仕居候間御安心可被下候 明日ハ巴里へ帰らんかと存候 バルビゾント申村ハ今日ニてハ欧米ニ知ラレタル場所ニ御座候 其レト申も此ノ村ニて世間ノ画工連ヲ離れて独り景色ヤ田舍ノ生活ノ状ヲ写して画を研究し一生ヲ貧乏ニ暮したるミレ ルソーノ二人ノ名が知れ渡りしヨリノ事ニ候 巴里ヨリ気車ニ乗リムラント申処迄来りソレヨリ馬車にて当地ニ来る都合三時間位モかゝり候 当地旅店モ三四軒有之当時でハ真ノ田舍ト申ニハ無之候 毎年夏期ニハ画工が男女まじりテ多人数舞ヒ込み来る由ニ御座候(尤モ亜米利加が多き地ニ御座候) 小き山モ有之岩ナドハ実ニ多く西洋ニハ珍らしき場所ニ御座候 只水ノ無キハ日本ノ景色ニ及バザルモノト存候 ミレ先生ノ子ト知り合ニ相成実ニ幸ニ御座候 年ハ已ニ四十位かとも見へ候 余程温和なる人物ニ御座候 先ハ一左右如此御座候 頓首 父上様 清輝

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