本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1885(明治18) 年5月14日

 五月十四日附 パリ発信 母宛 封書 三月二十六日の御てがみさる十日たしかにあいとゞきありがたくさつそくはいけんいたしました みなみなさま御かわりなくいつもいつも御げんきとのことまことにまことに御めでたくぞんじあげまいらせ候 こちらにてもなをよんさんもわたくしもまことにげんきにてくらしをり候あいだどうぞどうぞ御あんしんくださいまし さてそちらにてはしじゆうはだもちがふじゆんなよしにてはるになつてからもゆきなんどがふりましたよしさすがふゆずきのあなたさまでもさぞおこまりでしたろう しかしもうじこうもよくなりましたでしようとぞんじます せけんなんどにたびたびでておあるきなさつてせつぺおげんにしておいでなさいまし またすこしするとあなたの御きらひななつがまいります まだこちらではさほどあたゝかくなりませんからやつぱりわたいれをきております わたいれとはふゆのきものゝことですよ こんにちはもくようびにてひるごはおやすみです ところがおまつりにてあさよりおやすみになりました それゆへそとはあすびにでようかとおもいましたけれどもあめはふるしまたかぜもすこしふきあまりあたゝかくございませんからまづとりやめあさのうちはゑをかいてたのしみおひるからこのてがみをかきはじめました ほくかいどうでもみなさんおげんきとのことおんめでたくぞんじあげます わたしがこつちにきてからもうまる一ねんのすこしうへになりますからそちらでもよほどかわつたものがあるでしようとかんがへます だい一しんじろう なをぼんはじめこどものやつたちがたいへんかわつたでしようとぞんじます わたしもすこしはかわつたでしようよ こちらではなんにもめづらしいことはございませんがまいねんあるゑのはくらんくわいがことしももうはじまりました わたしはまだみにゆきません こんどのにちようかいつかにいつてみようとおもいます にちようはたゞみせるそうですがかねては一ふらん二十銭だそうです さてこのはくらんくわいはしやんぜりぜと申まちにてなをよんさんのところよりぢきそばです それでも四五ちようはあるでしよう こんにちはひまですからなにかかいてあげませうとおもいますけれどもなんにもおもいだしませんからまづこれぎりにいたしておきます これからあねさんにあげるてがみをかきます あなたさまがおてがみをおだしなさるときに一しよにおくつてくださいまし まづこれぎり めで度しめで度し 母上様 ぶじ  新太郎拝  せつかく御からだをだいじになさいまし みなみなさまによろしく おゑいさんにはひさしくごぶさたです このつぎのびんよりてがみをあげようとおもつておりますからおまんさあからよかごつぎやつたもんせ

1885(明治18) 年5月29日

 五月二十九日附 パリ発信 母宛 封書 (前略)さくじつはすぎといふこちらにこどものときからきておつてにつぽんのことばははなすことができますけれどもかくことやよむことはちつともできないひとがわたしのがつこうにきてくれましたから一しよにでかけましておびといふやつのうちにいきました このおびさんのうちでながくおもしろいはなしおしてあすんでおりのちに三人でぼわどぶろうにゆといふいつもいくこうゑんちにゆきましてこのこうゑんちのなかのいけでふねにのりふねこぎをしてあすびました まことにまことにおもしろいことです ふねのいけのなかのしまにつけましてそのしまにあがりみづぢややにてさとうみづのようなあまいみづをにみまたさんどいつちといふぱんのなかにぶたのしほづけがはいつておるたいへんうまいものをたべました このしまにしばらくきゆうそくをしてからまたふねにのりしまを一まわりくるりとまわりそうしてかへりました わたしはがつこうのめしどきになりそうでしたからすぎとおびのふたりにわかれおゝいそぎにてがつこうにかへりました かへりついたときにはぢばんはみづのなかにつきこんだようにあせだらけになりました こんなにあつければせけんにでたたんびにはあせだらけになりますけれどもうちにかへればすぐぢばんをぬいであせをふきほかのかわいたぢばんをきなおしますからあせをかいたおとでずつとしてかぜをひくなんどということはございません たいへんわたしはようじんをいたしますからどうぞどうぞ御あんしんくださいまし このごろはまたむしがでてきましてまことにへいこうへいこう まいばんくらわれます このまへのびんから申上候びくとるゆうごといふこちらのなだかいうたよみが二十二日にとうとうくたばつたと申事にてらいげつの一日にそうしきをするそうです そのひにはがつこうはおやすみになるそうです こんどはこれぎり せつかく御げんきになさいましよ みなみなさまによろしく めで度し 母上様 ぶじ  新太郎

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