本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1885(明治18) 年5月29日

 五月二十九日附 パリ発信 母宛 封書 (前略)さくじつはすぎといふこちらにこどものときからきておつてにつぽんのことばははなすことができますけれどもかくことやよむことはちつともできないひとがわたしのがつこうにきてくれましたから一しよにでかけましておびといふやつのうちにいきました このおびさんのうちでながくおもしろいはなしおしてあすんでおりのちに三人でぼわどぶろうにゆといふいつもいくこうゑんちにゆきましてこのこうゑんちのなかのいけでふねにのりふねこぎをしてあすびました まことにまことにおもしろいことです ふねのいけのなかのしまにつけましてそのしまにあがりみづぢややにてさとうみづのようなあまいみづをにみまたさんどいつちといふぱんのなかにぶたのしほづけがはいつておるたいへんうまいものをたべました このしまにしばらくきゆうそくをしてからまたふねにのりしまを一まわりくるりとまわりそうしてかへりました わたしはがつこうのめしどきになりそうでしたからすぎとおびのふたりにわかれおゝいそぎにてがつこうにかへりました かへりついたときにはぢばんはみづのなかにつきこんだようにあせだらけになりました こんなにあつければせけんにでたたんびにはあせだらけになりますけれどもうちにかへればすぐぢばんをぬいであせをふきほかのかわいたぢばんをきなおしますからあせをかいたおとでずつとしてかぜをひくなんどということはございません たいへんわたしはようじんをいたしますからどうぞどうぞ御あんしんくださいまし このごろはまたむしがでてきましてまことにへいこうへいこう まいばんくらわれます このまへのびんから申上候びくとるゆうごといふこちらのなだかいうたよみが二十二日にとうとうくたばつたと申事にてらいげつの一日にそうしきをするそうです そのひにはがつこうはおやすみになるそうです こんどはこれぎり せつかく御げんきになさいましよ みなみなさまによろしく めで度し 母上様 ぶじ  新太郎

to page top