十一月二日附 グレー発信 母宛 封書 (前略)かきかけのゑもだんだんすこしづゝできあがつていきますからおもしろいことです なニしろらいネんかぎりのことですから一しようけんめいニなつてほネををつてをります かごしまニかへつたらぜひさくらじまにいつてとうぢばのゑをかきたいもんだとおもつてをります につぽんへかへつたらかきたいものがたくさんでてくるだろうとぞんじます こまることニはにつぽんにハせんせいがないのとかいたゑがうれないのとです(中略) いつかおくつてあげましたおゝきなゑももうとつくについてをることゝぞんじます いまあれとおんなじおゝきさのを一まいにはでかいてをります(中略) くめさんはぶれはじまニやつぱりをります かわきたといふゑをかくひともそのしまニいつてをります わたしがいつていたころニハなつのことでしたからあそびニきてをるひともたくさんございましたがこのごろハもうみんなかへつてしまつてくめたちがふたりだけになりしづかでいゝことだそうです(後略) 母上様 新太拝
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八月六日 土 曇 (欄外 頼倫侯使 小笠原伯来邸 那智石置物 介石山水小幅 右受領)