四月十五日附 パリ発信 母宛 封書 (前略)こないだからだいがつこうのほうがおやすみになりましたからこのしゆうかんはゑのほうを一つしつぺべんきよういたしました まことにまことにおもしろいことでございます ゑをかいておると三じかんや四じかんぐらいたつのはわけハありません このまへのにちようにふぢさんといふゑかきさんと一しよにいなかにあさからでかけゑのけいこをいたしました おひるのごぜんはぱんとひゑたにくとをかひくさはらにねころんでふたりしてたべました まことになんともかんともゆわれないあぢがいたしました(中略) このまへのびんに父上様に申してあげましたようにこのごろはゑかきのともだちのくめさんといふひとゝ一しよにかしやをかりてすまつております きんのうもおとゝいもぎゆうなべをしてたべました まことにいゑをかりきつてすまうとかつてなことができますよ あしたもごうださんといふこんどにつぽんへかへるひとにおせんべつかたがたにつぽんりようりをしてくうつもりです(後略) 母上様 新太拝
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十一月二十一日 日 晴 島津家ノ大山綱堅氏 梶原貫五氏 渡邊氏 大迫經安氏 右ニテ朝ヨリ晩餐後マデ終日