1917（大正6） 年6月2日
六月二日 土 晴 本日ハ何トナク疲労ノ気味ニテ回礼ノ元気ナシ 午後三時過ヨリ庭ノ美人草ヲ二十号ノ画布ニ写生シ気分回復セリ
本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。
1917（大正6） 年6月3日
六月三日 日 晴 午後四時過中村君奈良ヨリ昨朝帰リタリトテ入来 十時頃マデ土産話ヲ聞ク 午前中早崎氏（硯ノ件）及ビ白山翁見エタル由ナリ 白山翁ヨリ宝珠形ノ香合ヲ贈ラル。
1917（大正6） 年6月4日
六月四日 月 曇 夜雨 午前十時頃末松子爵入来 紀念品ヲ贈ラル 十一時ヨリ十二時過マデ女学部 夜小林萬吾君来ル
1917（大正6） 年6月5日
六月五日 火 雨 近清君 小室ト云ヘル南宗派生花ノ先生ヲ同道シ紹介セラル 自今五 十二来邸ノ事ニ約定ス 照子稽古ノ筈也 陸奧伯帝国ホテルニ訪問シ木彫奨励ノ件及ビ二学生ヘ辞令書交附ノ方法其他ニ就キ語ル 坂井犀水君雑誌ノ為仏国ノ美術館殊ニ伊国ノ漫遊ニ就キ記憶ニ存シタル儘ヲ語レリ
1917（大正6） 年6月7日
六月七日 木 女学部午前八時ヨリ一時間講義 濱 岡野二氏ヲ伴ヒ帰リ茶話ヲナセリ 高橋昌一氏元研究所生徒也 雑誌新美術発行ノ主意ヲ語ル 中勝君午後三時春日灯籠ヲ持参ス 河合清一氏四時前玄関先ニテ面会ス 近日瓜哇ヘ渡航ノ由ヲ告ゲ再来ヲ約ス
1917（大正6） 年6月8日
六月八日 金 曇 夜雨 早崎稉吉氏午前十時半頃入来 午後四時頃去ル 此間古硯 支那帝王ノ陵墓就中黄帝及秦始皇帝ノ陵等種々ナル面白キ話ヲ聴ケリ
1917（大正6） 年6月9日
六月九日 土 雨 田中松太郎氏午後一時半頃法隆寺壁画ノ写真ヲ携ヘテ来レリ 又此写真ニ就キ詳細ナル解説ヲナシ四時過去ル 勧業銀行ヘ一昨夜ノ御礼トシテ四時半ヨリ出向キ総裁及加藤氏ニ面会ス 晩翠軒ヘ銀行ノ帰途立寄リ再ビ古硯ヲ覧亦南宗瓶花ヲモ観ル 此流派ノ創立者ヲ小室氏ノ紹介ニテ知ルヲ得タリ
1917（大正6） 年6月10日
六月十日 日 電話 仲君ト相続税ノ疑問ニ付語ル 序ニ今暁中央大学失火ノ事ヲ聞ク 拙作故菊池博士ノ肖像画モ焼失セシナラン 晩餐後久シ振ニ仏国絵画史ヲ読ム 曾我君自作森律子ノ写真ヲ贈ラル パンテオン会ニテ撮影ノ記念品也
1917（大正6） 年6月11日
六月十一日 月 曇 初夏花壇図少時現ハレタル日光ヲ利用シテ補筆ヲナス 板谷波山氏晩餐ニ招ク 五時過入来 野村傳四郎氏同上六時過入来 陸奧伯玄関先ニテ立話ヲナス
1917（大正6） 年6月12日
六月十二日 火 曇 小雨 和田三造君午前十時頃和蘭公使館ニ聞合セノ件ニ付紹介ヲ希望セルニ因リ転ジテ一切ヲ仲省吾君ニ電話ヲ以テ依頼セリ 錦輝館雨潤会ノ計画ニ懸ル活動種板選択ノ為催サレタル映画下見ニ付午後一時半ヨリ出向キ四時過ニ至ル 雨潤会増島六一郎博士方ニ催サレタリ 増島氏ノ此ノ麻布北日下窪三十七番地ノ邸ハ元長州藩ノ下屋敷ニシテ乃木大将ノ出生ノ地也 又客室ノ一棟ハ元山下門内薩州邸内ニ在リシモノニテ久光公ノ起臥セラレタル室ヲ其儘此処ニ移シタルモノナリト云フ
1917（大正6） 年6月13日
六月十三日 水 午前中風雨 午後止ム 龍田精三 清水良雄午前八時半入来 同九時半頃帝国ホテルニ於テ此二人ヲ陸奧伯ニ紹介シ伯爵ヨリ二人ニ辞令ヲ交附セラル 中澤弘光君朝鮮ノ風景画製作ヲ命ゼラレタルコトノ報告ノ為来レリ
1917（大正6） 年6月14日
六月十四日 木 晴 女学部午前十一時ヨリ第二回ノ講演ヲナス（四十五分間） 花壇図先日着手シタレドモ光線ノ具合気ニ入ラザル点アリ補筆ス 未ダ成ラズ 小川一眞君入来 八時頃ヨリ十時頃迄語ル 新旧技芸員ノ会合ヲ催シ度シトノ話ナドアリタリ
1917（大正6） 年6月15日
六月十五日 金 晴 少シク風立ツ 美術学校校長ニ呼バレ和田君ト約束シテ午前十一時登校 新規則中競技ニ関スル条項ニ付協議ヲ遂グ 零時半頃退出セリ
1917（大正6） 年6月16日
六月十六日 土 快晴 勧業銀行ニ寄ラシメテ板谷氏ヨリ送リ来リタル花瓶ノ箱ノ蓋ヲ川上直之助君ニ届ク 又川上氏ヨリ板谷氏ヘノ銀行小切手ヲ預リテ戻レリ 花壇図ニ又補筆セリ 而シテ夕刻更ニ庭前ニ於テ薄暮ノ色ヲ写ス
1917（大正6） 年6月18日
六月十八日 月 曇 美術学校試験成績調ノ為メ午食後登校シ夕刻帰宅ス 和田君持参ノ競技規則案ヲ一覧シ二三ケ所修正シ草稿ノ儘之レヲ教務ニ提出セシム 田端ナル板谷波山氏ニ知足ヲ以テ白絽ノ羽織地ト肴料トシテ金十五円トヲ贈ル 是先夜来訪ノ節花瓶一個ヲ受ケタル謝意ナリ 亦川上氏ヨリ預リタル小切手ヲモ届ケタリ
1917（大正6） 年6月20日
六月二十日 水 曇 夜半ヨリ雨 坂井氏ヘ原稿用伊太利ノ写真十枚ヲ貸ス 龍田ハ作品ヲ贈与 佐藤ハ新納氏ノ件ニテ 金山（晩餐後）近日帰省ニ付
1917（大正6） 年6月21日
六月二十一日 木 雨 学習院女学部第三回美術講演自午前十一時四十五分間 チエレミツシノフ女史ヲ訪ヌ 女史ハ内幸町一ノ四ナル建築物内ノ一室ヲ借リテ製作場トセリ 女史ノ姉ナル人モ来合セ居タリ 一時間許語リテ五時過帰ル
1917（大正6） 年6月25日
六月二十五日 月 午前晴 午後小雨 熱苦シキ日ナリ 清水 瀧田ノ二氏来ル 始メテ此二人ヘ雨潤会ノ奨励金ヲ与フ
1917（大正6） 年6月26日
六月二十六日 火 晴 宮内省ヨリ御用召ニ依リ午前十時半出頭シ調度寮嘱託トシテ金三五〇円又別ニ子爵トシテ金一五〇円拝受ス 今年ハ特ニ御手厚キ御扱ニ預ル 十二時前帰邸セリ 午後二時過女学部ノ石原氏木挽ヲ連レ来リテ奉納額用ノ杉板挽割ノ事ヲ取計ラハル 此事一切ヲ同氏ニ依頼ス 今朝宮内省ニテ出遇ヒタル三浦博士約束ヲ違ヘズ五時過ニ見エタレバ書キ直シノ肖像ヲモ見セ膝ノ診察ヲ受ク 之ガ為ニ日仏協会ノ石井 安達両氏ノ送別ノ宴ニハ一時間許遅レテ六時半頃出席セリ 此ノ晩餐会ハ帝国ホテルニテ催サレタリ
1917（大正6） 年6月28日
六月二十八日 木 今暁驟雨 朝ヨリ二時頃迄晴 後曇 夜小雨 流逸荘ナル富本氏ノ陶器陳列ヲ覧花瓶一個代二十円ノモノヲ予約シ三才社ヘ回ハリ La Hyène enragée; Mythologie des Grecs et des Romains; Hist. ill. de la Litérature française ノ三冊ヲ購フ 赤松麟作上京ニ付来訪 同氏数年来就職セル大阪朝日社ヲ退キタル由 新聞社ニモ矢張官海同様ノ波アルコト妙痴気ナリ 夜九時頃ニ至リ島津貴暢男入来 同男モ上京ニ付テ久シ振ニ見エタルナリ