本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1885(明治18) 年1月8日

 一月八日附 パリ発信 母宛 封書 十一月十四日の御てがみ一月の一日になをよんさんのところにてうけとり十一月二十一日の御てがみ四日にこうしくわんにてにてうけとりました いつもかわらずみなみなさまおげんきのよしなによりなによりけつこう ねんとうにはわたくしがちよつとおねんとうの御しゆうぎにおみまいかたがたあがりましたからべつにあなたさまにも又父上様にもしんるいのおかたさまがたにもだれにもあげませんでした どうかあのつらにてねんとうのてがみはおかんべんをねがいますよ 父上様やしたの父上様 おぢさん おゑいさんたちにどうかそうゆつてくださいまし さてそちらにてはみなさまよいおとしをおとりなさいましたでしよう おめでたし こちらにてはどうもとしをとることはできませんでした なぜならおぞうにもまたもちもなんにもありませんからさ そちらではいつものとうりおゝきないもにおやしでよいおとしをおとりなさいましたでしよう こちらにはいものおゝきなのなんどはないかはりにはかまをはきもんつきのはをりにきぬのきものそれからあたらしいげたをはき一しようけんめいにしやれこんでゑねんとうごあんすなんどゝゆつてしんるいのおかたがたのおうちをまわつてあるくことがないだけはまことにけつこうなことでした しようぐわつにはくれの三十一日よりおやすみにて四日のにちようまでつがう五日のおやすみでした せけんはきたいなものにてこちらでもおせいぼやおとしだまをやることがたいへんはやりますよ そうしてくれにはやつぱりにつぽんのとをりおゝきなまちのりようがわにこやがけをしていちをだしましておせいぼにやるいろいろなきれいなものをうつておりました またひとがたくさんたくさん おしようがつのがんじつにはなをよんさんたちはたいれいふくにてきれいなことでした またせけんをあるくひとたちもみんなきれいなようすをしてあるいておりました またきれいなばしやがたくさんたくさん につぽんではばしやにのつてあるくひとはちよくにんさまでなくてはありませんけれどもこちらのやつはかねもちですからあらびやうまのにひきうまにていばつてあるきます じんりきしやとはたいへんなちがひですよ あねさんたちはことしはほくかいどうのさむいところにてどんなおとしをおとりなさいましたでしようか あちらはとうきようより一そうひどいところだそうですからおゝきなおいもはとてもむずかしいとぞんじます けれどもしんるいのおきやくさまなんどがないだけにまずらくなことでしたろうとぞんじます おついでのときよろしくゆつてあげてくださいまし ねんとうのてがみはあげませんとかいてあげてくださいまし ぐわんじつのばんにおきゆうのすゑはじめをいたしましたからごあんしんくださいまし そちらにてはまいあさおひばつをとかなんだとかいうものをおあげなさるよしまことにばかげたことゝぞんじます 新二郎かなをぼんでもたべたときにはよろしゆうございますけれどももしだれもたべなかつたときにはまことにばかげたむだなことゝぞんじます そんなきゆうへいなことはおやめになさいまし おしんぱいをなさるとおなじことにてなにのやくにもたちませんよ やまもとといふゑかきがまいにちにつぽんのめしをくつているといふはすこしもふしぎなことではなくかねさいあればどんなことでもできます なぜならこちらにはこめもありまたしようゆうもありますけれどもないものはみそです これだけはこまつたものです またやまもとゝいふひとはりようりがたいへんじようずにてじぶんでいろいろなおりようりをこしらへてたべておるのです そのつかつておるげぢよはせいようじんのばゞです そのやつがこめぐらいはよくたきます なつのやすみのうちにかいておくつてあげました父上さまの御かをのゑをがくになさいましたよし がくはりつぱでもゑはあんまり父上様にはにておりませんでしようよ けれどもうちにかけてあればまさかほかのひとゝもみへますまいよ さくねんのくれにまたひとつおゝきなかみにおんなのかをゝいとつかきました それはあんまりおゝきうございますからおくつてはあげません それでそのゑを三十一日のひにかいてしまいそのひにすぐにんをよんさんのところにもつていしかしてかべにはりでさしておきました なをよんさんやほかのひとがほめました そのゑはすこしよくできました またこんどほかのゑをかきはじめました 一しゆうかんに三ど一じかんぐらいづゝかきます そちらにてはいつものとうりにくわじがまいばんありますよし またあかさかのくわじのときにはうちのにかいからよくみえましたよしおゝせのとうりわたくしがをつたならばすぐにみにゆくのでしたけれどもおしいことをいたしました こちらはけつしてくわじはありません たまにはあるかもしれませんけれどもはんしよはならずちつともしれません またいえがきではなくいしですからやけても1つか2つのへやだけでおしまいです またたくさんやけても一けんやけです わたしはまだみません またくわじのあつたことをきゝません このごろはすこしさむいことにてまいにちまいにちくもりでんきばかりです やつぱりこないだごろのてんきのようです このころはゆきはふりません しようぐわつの四日にひさまつとふねこぎをせんとぼわどぶろにゆというこうえんちにゆきましたらひろいいけにすつかりこうりがはつてをりなかなかふねをこぐどころではなくいけのふちのほうのあついところのうへにのつてこうりすべりのまねをしておるひとなどがありました またこのいけのこうりがたいへんあつくなるとはんぞううちのほりでせいようじんがするようにこうりすべりをするそうです そんなになつたらわたしもすべりかたのけいこにゆこうかとおもいはやくこうりがあつくなればよいとまいにちまつております こんにちはもくようびにてひるごはおやすみですからそとにでられるのですけれどもくもつてはおるしまたこんにちはよほどさむし それゆへひつこんでおりこんなにながいてがみをかきました なかにかきおとしやまたわからないところがたくさんありませうからよくよくおかんがへなさつてよんでくださいまし わたくしがてがみをかくとみんながめづらしがつてみておりますけれどもばかとかいてもくそやろうとかいてもわかりませんからなかなかべんりですよ まづこんどはこれだけにいたします せつかくせつかくおからだをおたいせつになさいましよ わたしはいつもげんきですからおしんぱいは一せつめしもすな めでたく申上候 母上様 ぶじ  清輝  おゑいさんがすこしおめがわるいとかいふことがおてがみのうちにございましたがどんなごあんばいですか やつぱりつうれいのはやりめですか なにしろせつかくおだいじになさるべしとぞんじます こんどはべつにてがみはあげませんからおまんさあよりよかごつぎやつたもんせ みなみなさまによろしくよろしく  したの父上様よりわたくしにてがみをくださいましたけれどもわたくしはべつにおへんじをあげません なぜならなんにもかくことはなくまたあなたさまおひとりにあぐればこちらでわたしがげんきでべんきようしておるといふことはよくしれますからさ それゆへにべつにしたの父上様にはおへんじをあげませんからどうかおまんさあからよかごつおでんごんをねがいますよ 東京ニテ 母上様  巴里 清輝

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