本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1884(明治17) 年4月3日

 四月三日附 パリ発信 父宛 封書 一書拝呈仕候 益御清適奉大賀候 私儀至極元気ニ御座候間乍憚御放念可被下候 扨て直右エ門様及ヒ宇川氏ノ御世話ヲ以テ去月二十三日ブルバルバチニヨルト云町ナルゴツファルト云人ノ私塾ニ入塾仕候ニ付御安心被下度候 此ノ学校ハ日本ノ小学校ノ如キ者ニシテ五六歳ノ小児ヨリ十八九歳二十歳位迄ノ生徒都合二百五十人位有之其中過半ハ入塾生ナリ 私ハ言語ノ能ク通ズル様ニナル迄ハ特別ニ朝八時頃より一時間計修業仕其他ハ衆生徒ト同室ニテ勉強仕候 食事ハ教師及教師ノ妻等ト共ニシ寝室ハ三畳位ノ小室ヲ借受テ万事不自由無之候 食料及授業料ハ百五十フランクニ相定メ申候 此百五十フラントハ我三十円位ニシテ一フランハ即我二十銭ニ御座候 規則ハ余程厳ニシテ日曜日ノ外ハ外出ヲ許サズ 日本ノ塾ノ如キ自由ナルモノニハ無之候 木曜日ハ午後休業ニ御座候得共証人ノ証書ナケレバ外出ハ許サズ候 今ノ様子ニテハ余程宜敷様ニ御座候 昨日ヨリ久松ト云人入塾致候 此人ハ華族ニシテ家ハ東京浜町ニ有之三ヶ月計前ニ此ノ地ニ来リシ由ニ御座候 先ハ入塾之御報迄 草々如此御座候 頓首 父上様  清輝拝  二白 此ノ地ハ時候至テ不順ニシテ到着セシ頃ハ余程暖気ナリシガ入塾後四五日ハ曇天ノミニテ寒気甚ダシク此頃ハ亦少シク暖気ニ御座候

1884(明治17) 年4月18日

 四月十八日附 パリ発信 母宛 封書 一ふで申上度候 父上様御はじめおまへさまそのほかあざぶのあねさん したの父上様 おぢ様そのほかみなみなさまますますおげんきのはず御めでたくぞんじあげまいらせそうろ わたくしはいつもげんきにてべんきよういたしをり申候あいだ御あんしんくだされたくそろ にちようにはいつでもなをよんさんのところにいきましてごちそうになります このごろはやすみでござりますけれどもたゞのひにはでることはできずやつぱりにちようともくようびのふつかだけそとにでられますけれどももくようびはひるからさきだけです あしたはもくようびですからそとにでます せいとがこのがつこにのこつておるのはわづか十二三にんばかりでみんなほかのやつはやすみですからうちのあるやつはうちにかえつてしまいさみしきことです このがつこにはいりてからにちようにそとにでゝなをよんさんやほかのにつぽんじんにあうのがなによりのたのしみでござります(中略) さる五日にひぽどろむといふきよくばのみせものをみにいきました このひぽどろむはよるするみせものでござりますからこのひになをよんさんがわざわざがつこにむかいにきてくださいましてみにいきました なおよんさんがきてだしてくれとぎやればいつでもでることができます さていつてみるとたいへんきれいなおゝきなところでがすとうやでんきとうがたくさんついていてひるのようにあかるくいえはまるくつくりてありそのまんなかでいろいろなげいをいたします またひだりのほうのたかきところではづんづんづんおんがくをしております またそのするげいは(かるわざ)これはをとこがふたりおんながふたりでてきましていたします またおんながさんにんにてへんなくるまにてうまかけをします まけたやつはすぐにひつこみかつたやつばかりのこりておりまたひとまわりいたします そのくるまはこんなかつこのくるまでむかしのろまといふところのくるまのかつこだそうです このくるまにのつているおんなおきものなどはずいぶんきれいです こちらのかるわざをすつやつはまるではだかでをるようなふうにみえます それははだかでをるのではなくからだにぴつちやりとくついたきものをきてをるのです そうしてからだのところだけもようがかいてあります またしたにはあみがはりてあります かるわざがすみしときにはうえのたかきところからあみのうえにおちてきます こんなかるわざやうまかけはあんまりかんしんでもありませんがうまやいぬがするげいはじつにかんしんです〔図〕 またおとこがさんにんにてうまかけをします それはひとりにてふたつのうまのうえにまたがりひとつのあしをひとつのうまのうえにのせひとつのあしをもうひとつのうまのうえにのせたちながらけいばをします ずいぶんかんしん またあしのながいやつがさんにんでてきていろいろなあしのげいをします あしをかてつぽのやつのあたまのうえからくるくるくるとまわしたり またばんこのようなものをもつてきてそのうえをとびこしてさきにいつてべつくわつてしまいます そんなことをいくどもします たいへんおもしろい しんじろやなおぼんにみせてやりたきものなり(中略) 十三日 このひはにちようにていつしよにをるひさまつさんといふひとゝいつしよにでかけましてかぢみるどらびいにゆといふまちなるかとうさんといふひとのところにいきました このかとうさんというひとはひさまつさんのおなじくにのひとでひさまつさんがこのひとゝいつしよにこのちにきたそうです このかとうさんのきんじよにいちがいのせんせいまつなみさんがおります さてかとうさんのところにいきましたらまつなみさんもこのところにちようどきていておいでなされいゝあんばいでした このひはひるめしをこゝでごちそうになりそれからひさまつさん かとうさん まつなみさんほかにあめりかじんがひとりほかにごせだといふにつぽんじんがひとりとつがうにつぽんじんがごにんせいようじんがひとりにてぼわどぶろにゆにふねこぎにいきました このぼわどぶろゆというはこうえんちにしてたいへんひろきところにしてこのにはのなかにおゝきないけがありそのいけにばつてらがたくさんあり一じかん四十銭にてかします このふねにのりあすびました こんにちはにつぽんじんが五にんですからまるでにつぽんにかへつたようでした これからまたこのこうえんちのうちにあるけだものをみせるところにいきました こゝにはぞうがにひきそのほからくだやうまのからだにしまのあるやつやじらふといふたいへんたけのたかきうまのやうなけだものにてけのいろはかのしゝのけのようなものなり このけだものやそのほかいろいろなけだものがおります このところのうちにむろのようないへがひとつあります そのいへはやねもがらすばりにてなかにはつゝじのはななどがきれいにさいております〔図〕 わたくしたちがまちをあるくとみんなおんなやおとこがしなじんだしなじんだしなじんだしなじんだといゝます そうしてみんながみます おもしろいことです こんどはまずつこれだけにいたしませう めでたかしく 母上様  新太郎 いちがいのせんせいまつなみさんよりよろしく申上候 みなさまによろしくよろしく(後略)

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