本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1884(明治17) 年3月21日

 三月二十一日附 パリ発信 父宛 封書 寸紙拝呈仕候 益御清適奉大賀候 次ニ私二月十二日香港出航 海上至極平穏数所港ヲ経テ本月十五日無事マルセイユ港ニ着 同十八日同処発 気車ニテ同夜十一時半巴里府ニ安着仕候間御休神可被下候 兼而承リ候通リ当地ハ実ニ繁華ノ地ニシテ華美ナル家屋或ハ物品等不少候 学校モ公使館書記生宇川盛三郎ト云人ニ依頼致シ候ニ付御安心可被下候 此ノ宇川ト云人ハ井田氏ノ朋友由ニ御座候 先ハ安着之御報迄如此 余附後便 父上様 平信  清輝

1884(明治17) 年

 三月二十一日附 パリ発信 母(貞子)宛  文して申上候 ますます御きげんよくいらせられ候はづめでたしめでたし わたくしもそのごはますますげんきで三月十八日よる十一じ半ようやくこのちにこぎつけました 御あんしんくださりまし これからどうちゆうのおはなしをいたしませう 二月十二日ほんこんをたちましておくしゆすといふふねにのりました このふねはよこはまからのりてきたふねよりよつぽどをゝきなふねにてこのふねでふらんすまできました こんどはまゑとはちがいふらんすにつくまでふねがちつともゆれずきぶんもよくめしもはじめからたべつゞけました さてふねではめしは一日ににどにてあさは九じはんばんは五じでしたからのちにははらがへつてめしのたびになんでもどつさりたもんした 十三日の日よりちんちんあつくなりだしました 十四日の日よりなつのふくをきました 十五日にさいごんといふところにつきました このところはおゝさかのかわぐちのやうにながくかはをのぼるところなり なをゑもんさんとばしやでこうゑんちやてらをけんぶつしました そのけんぶつのうちでいちばんめづらしかつたものはしろのきです そのしろのまわりわふたかゝへばかりではのながさが三げんか四けんばかり またこのこうゑんちにはおゝきなとらが二ひきかつてありました こんなものをけんぶつするときのあつさはたまらない あせがだらだらだらだらひはにしにしにしにしかさわもたずはちろさんのこまつた――でした このとちのやつはみちをあるきながらなにかむしやむしやむしやくつています それゆゑはわまつくろになりちようどはぐろをつけているようです このくつているものわきのはにしろきおしろいのようなものをぬりそれになにかのこなをつゝんでたべるのなり このところにはとまりそうなやどやがなかつたからふねにかゑりました かゑりがけにみづちややによりましたらかべやてんじやうにはやもりがべつたりついていました 十六日こゝよりしつぱん 十八日しんがぽるにちやくしました このところにつくと十二三より二十四五ぐらいのくろんぼがちいさきふねにのりてきました これはぜにをうみのなかになげるとすぐにとびこんでそのぜにをとるのです ちやうどゑのしまでゑびやあわびをとるのゝやうでした なをよんさんとりくにあがりこんやはほてるどぺいといふやどやにとまりました 十九日しつぱん 二十四日ころんぼといふところにちやく このところはおしやかのぼうずがうまれたところなり なをよんさんとばしやでてらけんぶつにいきました きいろいきものをきたぼうずが三にんばかりいました ほとけはちやうどにつぽんのにおなじもの これはこのとちのやつのすがたをつくりたるものです これからてらなんどにいくのはおやめなさい くろんぼをおがむとおなじです ろやるほてるといふやどやにとまり二十五日はまたばしやでほうぼうけんぶつしましたげな このとちのやつはおとこがべつこうのくしをさしております このくにはべつこうとぞうげのさいくものがたくさんあります こんにちしつぱん 三月三日あでんにちやく こんにちはおせくではしぐちどんのはつびなじよのおきやくさまにおぢやつただろうとなをよんさんとおわさをしました しかしこのところはなにごともなし なをよんさんとまたばしやでけんぶつにでかけたり こゝであかいしやつぽをかいましてこれからふねのなかでしじゆうかぶつておりました こんなふうのしやぽです〔図〕 このあでんにてはらくだにものをうせたりくるまをひかせたりしております またまちをとうるとやぎがたくさんおります またたべものなどのあるみせにははいがぶんぶんぶんじつにきたなし ばしやでとうるとばしやのなかまでもはいがとんできます まことにはいのをゝきところです このところはあつきところであめがいちねんに十四五たびぐらいふるところできもなし それゆゑやまのしたにおゝきないけのようなみづためが十一あります これはあまみづをためておくところです 今日しつぱん 八日すゑすにちやく こゝにはただちよつととまつたばかりであがることはできず これからはかはのようなせまきところをゆくのです こゝはもとはとうれなかつたのをひとがほつてじようきせんがとうれるようにしたところです そのかわりにむしのはうようにしづかにゆくのです そうしてむかうからふねがくるとこつちのふねはとめるのです ふねがいきするときにはどつちのふねかいつぽのほうはとめていつぽのふねをとうらせます そうしてよるはいかずにいすめりやというところにふねをよせました つくとすぐになをよんさんとあがつてみました 九日あさはやくこのところをしつぱんしました 十一じ十五ふんまへひとつのふねといきすりました このところはせまきところですからふねがいきするときにはいつでもりようほうのふねからみんなみてとうります すぐそばをとうりますからかをがよくみゑます こんどのふねもとうるときにはわたしはかとうのかんばんのたるのうへにのりてみていましたらにつぽんのひとがにさんにんみゑたり これはぶんぞうさんがをりはせぬかとあかめをひつぱりいつせうけんめてにみていましたけれどもみゑませんでした とうりすぎてからなをよんさんとあひましたところぶんぞうさんがあのふねにいていろいろはなしをしたときゝましてざんねんせんばん しかしまういきすぎたからどうすることもできずなをよんさんとまへのひにはなしをしてこんなせまきところでぶんぞうさんのふねといきあつたらよかろうといつていましたらこんにちいきすりました しかしあわれず ざんねんざんねんざんねんざんねん こんばんつくところはぽるとさいどといふところにてぶんぞうさんのふねがこんばんつくところはいすめりやといふところです ゆゑにそんなにとふきところではありませんからなをよんさんとこじようきせんをかりてぶんぞうさんにあひにいこうとはなしをしてはやくこのふねがとまればよいよいよいとおもつて一日くらしさてついてみたらこんや十一じにしつぱんのよしにてじかんがすくなくいくことはできませんでした まことにざんねんざんねんざんねんざんねんしかたなし これは九日の事なり 十三日いたりやといふくにのねぶるといふところにつきました こゝにはあがることはできずきれいなところのようにみゑていました なぜあがれないかといへバいまより九かつきまへにこれらびようがはやつたからといふわけだそうです こんばんこゝをしつぱんしまして十五日あさ十一じ十ぷんまへふらんすのうちのまるせいゆといふみなとのまへにあるちいさいしまにつきたり すぐにまるせいゆにふねをつけないのはやつぱりまへのこれらのわけさ このしまに一日おりました 十六日あさ九じ十五ふんすぎまるせいゆといふところにつきました こゝでふねはおしまい ほてるどぷちるぶるといふやどやにやどをしましてなをよんさんとばしやではうばうけんぶつしました このところはたいへんきれいなところでいゑはたいていろくかいかしちかいでわたしたちがとまつたところはごかいめのところでしたをとうるひとをみるとむしがぞやぞやぞやぞやはつているやうでありました またまちをあるくひとがあんまりたくさんいてあるくのにじやまになります ひとがみんなおしやれにておかしきことです 十八日八じ二十ぷんのきしやでぱりすといふみやこにいきました このところはにつぽんのとうきやうのようなところでせかいだいいちのきれいなところです こゝにわたくしがおるところです この日はしゆうじつきしやにてよる十一じはんぱりすにつきました ごあんしんくださりまし ついてからまだたくさんかいてあげることがありますけれどもこんにち四じはんにゆびんがでるそうですからまづこれだけにしておきます いそいでかきましたからわからないところがあるかもしれません なをよんさんがうちにくわしきてがみにやくしよのようがあつてかきださないからおまんさあがはしぐちどんにおぢやつたときこのてがみにかいてあつたことをはなしをしてくださるようにゆつてあげてくれとぎやることでござりましたよ みんなげんきでしよ あざぶのめらのこはいかヾ よつぽどおゝきくなりましたろ こんどはいそいでみんなにはてがみをあげだしませんからよろしくよろしくよろしく せんちゆうでみんなのしやしんをだしてみましたら新二郎やおゑいさんたちのしやしんがないようですがもしやまだもらわずにきわしなかつたかとかんがへます もしのこしてありましたらおくりてください わたくしのしやしんはあとでうつしてあげます あねさんによろしくよろしくよろしくよろしくあねさんのおしやしんももつてきませんでした どうかあねさんにくださるようゆつてください うちからもつてでたくすのきのぼくとうはふねにのりましたときになをよんさんのかばんのうへにのせておきましたらそれぎりなくなりました わたくしもほんこんまではよつてしまいへやよりそとにはでませんでしたからたづねることもせずほんこんについたときにおもひだしさがしましたけれどもなし しかたなし とけいをみましたら三じはんですからまちつとかきませう さてこのちにちやくしひとばんこうしくわんにとまりよくじつ十九日ぶんぞうさんのふたばんかみばんおとまりなさつたやどやにやどをとりました またこうしくわんのうがわといふひとがせわをしてくれましてよきがつこがあるそうです 二三日のうちにがつこにはゑりますけれどもまだしれません このちでおかしきものはひとのしやれなり くわしきことわぶんぞうさんにおきゝなさい このしやれにはなをよんさんもびつくりなされたよふすなり わたくしわみんながきれいなようすをしてわたしにみせるとおもつてせけんをあるきます いゑはきれいまちはきれいひとのようすわきれい よきけんぶつなり こつちのやつはせうぐわつきぶんとみへ申候 まいにちこうゑんちなどにあそびにばしやにてゆくものがたいへんおゝし さくじつなをよんさんとこうゑんちけんぶつにいきました ずいぶんきれい こつちのかしばしやのかぢとりはみんなれいふくのたかぼうし むまはりつぱなこゑたむまにてにつぽんのようなやせごろのちいさきむまはみろとおもつてもなし ばしやは一じかんが四十銭 てつどうばしややのりあいばしやはどこまでゆいても六銭なり このふたつばしやにはにかいができております にかいのほうにのるとやすし さくばんなをよんさんとうんどうにでかけなをよんさんはうがわといふひとのところにゆきわたくしはけいこのためひとりでむちやくちやむちやくちやむちゃくちやにまちをあるきしやまぐれそれよりのりやいばしやにのりしにばしやのかねをとるやつがわたしになんとかいゝましたけれどもわからずたいがいどこでおりるかといふことだろふとさつしましたけれどどこというあてがわかりませんでしたからだまつていました そうするとわきやまへにのつているやつがはなしをしてわらつております それからばしやがとまるとすぐにおりどこだかしれないけれどあとのみちにかへりむちやくちやにゆきしにとうとうもんのところにでたり このもんといふはおゝきなもんでこれからまちのすぢがみんなわかれております このもんのうへにさくじつなおよんさんとのぼりてみました たいへんたかし くるくるまがつたはしごだんをのもるのです もんのうへにはむまとひとのおゝきなつくりものがのせてあります こんにちはあられがふりました とけいがやつぱりしじゆとまつてこまります へいきちおぢはやつぱりをつとめのごべんきようでしよ よろしく まづこれだけ ほかのことはあとより めで度かしく 母上様 無事  新太郎  したのおとつつあんやおぢさんにはべつにてがみはあげだしませんからおまへさまよりくわしくおはなしを なさりてくださりまし

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