三月二十日附 パリ発信 母宛 封書 (前略)つぎニわたしハまことニまことニたつしやにてこのごろハぱりへかへつてをりましてがつこうでべんきようをいたしてをります どうぞどうぞごあんしんくださいまし またぢきニいなかニいくつもりです きようしんくわいニだしますゑもとうとうかきとりましてがくニいれてきのふだしました せんせいニもこないだもつていつてみせました せんせいのおつしやるのニはできがかなりいゝからたぶんうけとられるだろうとのこと もしせんせいのおかんがへどうりニうけとられますようなつごうニなればよいがとおもつてをります またもう二三ねんもべんきようしたならたいていよくかけるようニなるだろうとせんせいのおつしやることです そうゆうわけですからどうしてももうすこしハこちらニをつてべんきようをいたしたいものとぞんじます 父上様ニもわたくしがもうすこしゑがじようずニなるまでハこちらニをいてくださるおかんがへのよしまことニありがたいことでございます わたくしもせつぺべんきようをしてなるべくはやくじようずニなるかんがへです うちのおとなりとかのたなかさんといふおかたもおつきニなりましたとのことニてそのびんからおくつてくださいましたけつこうなものハ二つゝみともこうしくわんにをいてございましたからうけとりました たなかさんニハまだおめニかゝりません あなたさまからのゆうぜんのきれはまことニきれいなものです これハことしのなつおんなのきものニしたてさせましてそれをだれかにきせてそのゑをひとつかこうとかんがへてたのしみニしてをります(後略) 母上様 新太
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八月十五日 金 曇(鎌倉) 坂井義三郎君ヨリ瑞典ヘノタイプライター原稿送リ来ル