1889(明治22) 年7月25日


 七月二十五日附 ボアニュビル発信 母宛 封書
 (前略)わたくしことまことにげんきにてこの四五にちまへにまたまたいなかへまへりましてゑをかいてをりますからどうぞどうぞごあんしんくださいまし このごろハこのいなかでハずいぶんすずしいことでございますからまことにうれしいことです けれどもあめがよくふるのにハまことにへいこうでございます ひがてつてゐてあめがふることがたびたびございます
 こないだぱりすからこのいなかにかへつてまゐりますときにあめりかのおんなのやつが三人とおとこのやつがひとりそれからわたしのゑのせんせいのいもとさんが一しよにまへりましてみんな二三にちとまつてをりました まことににぎやかなことでございました けれどもおんなのやつらばかりでしたからうんどうなどするときにハ一しよにあるかないわけにもゆかずべんきようハちつともできませんでした せいようでハなるたけおんなにへいへいしないとわるくちをゆわれますからこまつたもんです わたしハまづまづどうかこうかつきあいができるようです こんどハまづこれぎりにいたしてをきます めでたくかしく
 母上様  新太より
 この九月ごろにはまたまたべるじつくのばんはるとらんさんのうちへあすびにいこうとおもつてをります
 まことにしんせつなひとたちにてことしもぜひぜひあそびニやつてこいとゆつてよこしました