二月二十八日附 パリ発信 母宛 封書 (前略)さてわたくしこともいつもながらげんきでございます そうしてやつぱりあいかわらずまいにちがつこうにでゝゑをかいてをりますからどうぞどうぞごあんしんくださいまし こんどひつこしましたうちはゑをかくようにできてをるうちですからたいへんあかるくまことにしやわせです がつかうからかへつてからまたうちでゑをかきます てほんになるひとをたのんでかくとよろしゆございますけれどもなかなかこのほうハおかねがかゝりますからたゞわたしのへやのすみつこのねだいのあるところのふうなどをかいてをります 四月か五月にでもなりあたゝかになりましたらまたどこかのちんとしたいなかにでもでかけてゑをかこうとおもいます このまえへのびんせんからはらさんごふうふづれおかへりなさいました(後略) 母上様 新太より
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八月十七日 水 (鎌倉) 夜岡田三郎君助君九州行ノ件ニ付入来 明後朝出発ノ筈