三月二十日附 パリ発信 母宛 封書 二月十日のおてがみけさあいとゞきさつそくはいけんつかまつり候(中略) こないだのころはゑのけいこはよるばかりいたしましたがこのごろはよるのけいこはやめましてひるま二じから五じごろまでけいこをいたします あいかわらずゑのせんせいはていねいにしてくれますからしあわせでございます このまへのしゆうかんはそのゑのがつこうにてゑのかきくらがございました おとこのはだかぼをやきずみでかくのが一つとだびどとゆうひとがそうるとゆうとのさまのまへでことをひいてをるところのゑをゑのぐをつかいみたてゝかくのが一つでした わたしハがつこうにいくもんですからほかのひとたちのようにねんをいれてかくことができずそれゆへおとこのはだかぼうのゑハ六ばんでしたけれどもだびどがことをひいてをるゑでは一ばんをとりましたからごあんしんくださいまし(後略) 母上様 新太郎拝
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本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。
十月十四日 金 一時半教育行政 上野精養軒 午前高木誠一 午前二時就寝