1902（明治35） 年12月31日
十二月三十一日 水 （東海道旅行記） 例年ノ通リ他所ヘ歳ヲ取リニ行ク 行ク先ハ東海道線ト云フ事丈ケ極リ居タレド何処マデ行クト云事ハ分ラズ 兎ニ角約束ノ午前十時十分ノ汽車ニ間ニ合フ様ニ九時四十分頃ニ家ヲ出ヅ 新橋停車場ニ集リタル連中ハ 久米 佐野 藤島ト拙者ニテ僅ニ四人 此処ニテ行ク先ハ興津ニ定マル 汽車中別ニ面白キ事モナシ 不相変赤切符ノ事故乗合ノ人物ハ見ルニ趣味多シ 山北辺ヨリ女工連乗リ込ム 一月四日マデ休ナリトノ事也 鈴木駅マデ帰ル者共四人計 故郷ノ人家ナド見エテ嬉シイト云テ喜ブ様一年一回許サレテ家ニ帰ル少女等ノ心中サモコソト思ハル 四時半頃興津ニ着シ先年モ泊リタル水口屋ニ入ル 此ノ家以前ハ庭先ノ浜ニ近キ方ニ六畳二間計ノ板屋根ノ離座敷アリシガ今ハ更ニ立派ナ座敷三間計アルモノヲ新築セリ 又清水港ノ方ノ町ハヅレニ東海ホテルト云モノ出来タリ 暫ラク此ノ東海道線ノ汽車ニ乗ラズ 大分処々ニ変リタルモノヲ見受ク 大磯ノ手前ニ二ノ宮ト云停車場新設セラレタリ 大磯町ノ先頃ノ大火ハ成程同町ノ半分以上ヲ焼キタリ シカモ云ハヾ大磯ノ土人ノ住居即チ貧乏ナル猟師町ガ盡ク焼ケタルハ気ノ毒ノ事ナリ 夜食ノ時宿屋より晦日蕎麦ノ馳走アリタリ 味甚ダヨシ 風呂ニ入リ飯ヲ食ウタル後ノ宿屋ノ心地ハ申分ナシ 特ニ此地ハ東京ニ比シ余程暖カニシテ気分マデユツタリス