ローマの地下鉄

Rome Metro

「遺跡が出たら工事が遅れる」という話は、皆さんも耳にされたことがあるかと思います。日本を含むいくつかの国において、遺跡のある場所で何らかの工事を行う際、これに影響が出ないよう内容の変更をお願いするのが原則となっています。しかし実際の運用は非常に難しく、事前に発掘調査して記録に残し、遺跡が重要と判断される場合だけ現地に保存するという方法が採られます。つまり、これに必要な時間だけ工事の開始が遅れるわけですが、遺跡を保存して工事も実施するという取り組みがローマの地下鉄では具体化しています。 

ローマの歴史地区には多くの記念物があり、町全体が世界遺産であると同時に、首都としての様々な機能も抱え、インフラ整備が大きな課題です。市内には現在、A・B・Cの3本の地下鉄が走り、いずれも歴史地区と郊外を結びます。このうちC線は、当初コロッセオ駅までの区間が2016年に開通予定でしたが、10年後の2025年末まで延びました。実際、この区間で20か所以上の発掘が行われたことも遅れの原因ではありますが、今回注目するのは歴史地区にある3つの駅すべてにおける遺跡の博物館化事業です。各駅とも遺跡の特徴や展示内容が異なり興味深いですが、いずれも工事に先立ち検出された遺構を一旦切取り、修復作業を経て原位置に戻すという手法が採られています。この画像もその一つ、コロッセオ駅構内の展示の様子です。解説板によると「一世紀に比定される個人住宅に付属する浴室(冷水浴と蒸風呂)の遺構」で、「有名なネロの大火(紀元64年)で大きく被災した」とあり、ご覧のとおり利用者が足を止め、この場所の辿った歴史を体感できる仕掛けになっています。ちなみにC線の一日当たりの利用者数は約60万人を数え、特にここはB線との乗換駅であり、考古地区の最寄駅でもあることから多くの人が利用します。 

Stazione Colosseo
コロッセオ駅構内の遺構展示

こうした地下鉄工事に伴う遺構展示の取り組みは、わが国でもみられます。古くは1977年、福岡市の空港線・赤坂駅の工事では福岡城の石垣が検出され、現地に保存されました。しかし、展示施設は駅構内から離れた場所にあり、地下鉄を利用しながら見学することができません。また、近世最大の城郭といえば江戸城です。ローマの歴史地区より若干広い外濠内側の範囲には12本もの路線が網の目のように巡り、駅数は延べ80に上ります。そのうち内外の濠周辺には20の駅があり建設に先立ち多くの発掘が行われましたが、遺構を現地保存したのは少数に留まります。有名なのは銀座線・虎ノ門駅の通路に展示される外濠の石垣ですが、厳密にいうとこれは文部科学省の庁舎建て替えに伴い整備されました。同じく外濠にあたる南北線・市ヶ谷駅では数か所で検出された石垣のうち2か所が現地に保存されたようですが、これを見学することはできず、代わりに内濠の雉子橋で検出された石垣の一部が移設され、改札前に再現されています。 

全体が文化遺産である歴史地区や都市遺跡では、人々の生活が現代まで継続的に営まれています。そのため時代の要求に応じた社会基盤を整備することが重要ですが、と同時に町の歴史的な骨格を保存することも不可欠です。こうした意味で地下鉄建設に伴う遺跡の博物館化は、多くの人が日常的に利用する公共交通機関において、過去と現在を生きた形で融合する斬新な取り組みといえるでしょう。ローマの地下鉄C線は今後、歴史地区の中でも遺跡が濃密に残る区間で延伸工事が行われる予定です。どのような駅博物館が実現するのか、また公共事業と遺跡保存がどのような方向に進むのか楽しみです。まあ、私が目にすることはないかもしれませんが… 

松浦一之介(MATSUURA Kazunosuke)

トップ画像:ローマの地下鉄C線コロッセオ駅