1905(明治38) 年2月7日 Tuesday


二月七日 曇

一ツ橋より上野に廻る。学校では本日校則改正の会議を開く。例の通くだらぬ議論が粉出して容易に仕舞はず、遂に点燈時刻になりたれど再会をすれば猶暇取るというので弁当の注文をなし夜に入りて継続し試験及ひ学年規程までも議決したのは大出来の方であつた。併し散会は九時過になり、あかりの用意がなく自転車は置去りで十時半頃に帰宅。

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「1905/02/07 久米桂一郎日記データベース」(東京文化財研究所) https://www.tobunken.go.jp/materials/kume_diary/872606.html(閲覧日 2024-05-03)