本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1887(明治20) 年11月4日

 十一月四日附 パリ発信 父宛 葉書 益々御安康大賀候 私も至極元気此週間ハ朝もひる後も画の稽古有之候故随分いそがしき事に御座候 昨日ハ天長節にて友人の方ニテ日本の三味線弾有之酒ヲ飲むやら歌ふやら大愉快ヲ致し申候 夜ハ公使館にて夜食有之候て皆々出掛ケ候得共私ハ昼ノ酒ニ閉口仕夜迄御祭をする程の元気なく残念ながら内にのこり申候 頓首 父上様  清輝拝  御自愛専要奉祈候 皆々様によろしく奉願上候

1887(明治20) 年11月18日

 十一月十八日附 パリ発信 母宛 封書 (前略)またゑかきのともだちのふぢさんといふひとのうちににつぽんからさみせんやたいこなんどがおくつてきましてひさしぶりでしやみせんのねをきゝました につぽんではさみせんはやかましいやらなにやらへんなものでしたがこちらできくとめづらしくてなかなかよろしゆうございます ふぢさんといふひとはなかなかげいにんにてさみせんをよくひきます こんげつの三日のひわてんちようせつでしたからふぢさんのうちでおさけをのむやらうたをうたうやらとぶやらはねるやら大さわぎをいたしました さみせんがあつたもんですからまことにおもしろいことでした わたしはにつぽんにをるときからみるとおさけものめるようになりました けれどもまだなかなかにてぶとうしゆかびるでさゑもこつぷで一ぱいものめばもうせけんがとうくなつたようなこゝろもちになるもんですからこの三つかの日もすつかりよつぱらいみんなとわらつたりなにかしてあそんでをるときはよろしうございましたけれどもうちへかへつてからはなかなかくるしいことでございましたよ わかいしよせいばかりあつまつてこんなにさわぎをしたことわこちらにきてからはじめてでした ぶんぞうさんもいよいよおたちになりましたよし もうとうからぬうちにこちらにおつきなさるだろうとまいにちおまちもうしてをります またぶんそうさんのびんからいろいろとよいものをおくつてくださいましたよしあつくおんれい申上ます わたいれのきものはまことにありごとうございます そつそくきてみませう このごろはわたしのをるところのぢきわきにいちがたちましてなかなかにぎやかなことでございます まづちよつとゆつてみればおてんじんさまのおまつりのながくつゞいたようなものです あめやだのめがねだのまたけだものゝみせものやらきでつくつたうまにのるのやらぶらんこやしやしんやしゆじゆざつたなものがでてをります わたしなんどもばんめしをたべてからうんどうながらいつてみます なかなかにぎやかなことです 新二郎やなをなんどがをつたならずいぶんみたいものやかいたいものがたくさんあることだろうとぞんじます またしゝつかいなんどもでゝおります ずいぶんおもしろいといふはなしです まづこどもなどの一ばんたのしみになるのはきでつくつたうまでしよう それハこんなあんばいです〔図〕 こんなにまるくしてをりましてくるくるとまわります そうしてまんなかのところでをゝきなおるごるのようなものでをんがくをしてをりますからなかなかおもしろいようです またこのうまにのるのはこどもばかりではなくおゝきなおんなやおとこがたくさんのつてよろこんでをります またこんなふうのうまもあります〔図〕 このほうはまわりもなにもいたしません たゞうへにのつてをるひとがほんとうのうまにのつてをるようにからだをまへにやつたりうしろにそねくつたりするとこのきのうまがほんとうのうまがはしるようにいごきます わかいをんななどがのつてきやあきやあゆつてたのしんでをるのはずいぶんみものです せいようのおんなは一たいにつぽんのおんなよりおてんばのほうですけれどもこんなうまなどにのてきやあきやあゆつてをるようなおんなはみんなしよくにんのむすめかなにかにてごくしかたのないやつばかりです(後略)

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