文化財を守る法律をひもとく

世界遺産ヘーゼビューとダーネヴィルケの境界遺跡群/松浦一之介

文化財はどのような法的根拠の下に守られているのでしょうか?ご存知の方も多いでしょうが、日本では「文化財保護法」です。世界の国や地域にはそれぞれ独自の法律があり、その内容や他の法律との関係は実に多様です。当センタ―では、国際協力や国内外の制度研究に役立てる目的で、2007年度から各国の文化財保護法令を収集・翻訳しており、2022年度はドイツを取りあげました。

連邦国家のドイツでは、「記念物」(おもに不動産文化財から構成)の保護に関する立法権は16の州に帰属し、各州が個別の法律をもっています。それらに共通する要素としては、わが国では聞き慣れない「アンサンブル(総体)」や「周辺」など記念物を面的に保護するための規定があり、これはヨーロッパでは広く普及している考え方です。一方、“前近代諸邦の保護の伝統が今日なお影響している”と指摘する研究者もいるように[1]、その実態、とくに景観保護の実務は国や州ごとに異なるようです。こうした点については翻訳作業だけでは把握が難しいため、2023年3月にドイツ(と次年度の調査対象国であるオランダ)を訪問して行政担当者への聞き取り調査を実施しました。

ドイツの景観というと、森やブドウ畑の上に古城がそびえるライン渓谷などを思い浮かべますが、実のところ「文化的景観」の規定は、16州中3州の記念物保護法にしかみられません。今回訪れたシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州はその一つですが、そこでも規定こそ存在するものの未運用とのことでした。また、自然公園は州の総面積の3%、記念物と併せても3.5%以下にとどまり、ドイツ全体でみてもこの割合に大きな違いはないだろうとのことで、日本の国土の15%が自然公園であることを考えると意外に感じられました。世界遺産として登録されている文化的景観の設定根拠について調査した過程で、ドイツではその多くが自然保護の法律に依拠していることを知りました。こうした点について尋ねたところ、考古局の担当者は、建築と考古という二つの異なるアプローチをとる保護体制のもとで「人文的な景観」をどう評価するか、という方法論的な課題があることを指摘していました。

わが国では景観を「ランドスケープ」と呼ぶこともありますが、その語源となったランドスカップ[2]の故郷がオランダです。延々と続く平坦な農地や風車脇の天井川を見れば、「ランド」とはまさに人間の手によって生み出されたものであることが実感できます。近年オランダでは、文化財の保護を土地利用や環境に関する政策に組み込むことの必要性が議論されてきましたが、そのための新たな枠組みとなる「環境計画法」が2023年3月議会でついに可決されました。文化財を幅広く保護するため、このような法律がどのように有機的に連携していくのか、今後のわが国の制度について考えるうえでも参考となるよう、引き続き調査を進めていきたいと思います。

松浦一之介

トップ画像:世界遺産ヘーゼビューとダーネヴィルケの境界遺跡群の「周辺」(左)と「記念物」(右)


[1] Settis, Salvatore, Paesaggio Costituzione cemento. La battagia per l`ambi­ente contro il degrade civile, Roma, Einaudi, 2010, p. 111.

[2] 英語のlandscapeは、1598年初見のオランダ風景画に関する契約書にあるlandschapに由来する独語のlandschaftの訳とされる。The Oxford English Dictionary, 2nd ed. 1989.