1889(明治22) 年2月28日 Thursday


2/28 Jeudi

11h 10 j’ai porté des colis appartenant à Ishimura et en revenant j’ai pris les caisses qui sont arrivées du Japon, j’ai laissé une d’elles à l’atelier de Mr Collin. Après-midi j’ai été voir Sakamoto, il n’a pas été à son hôtel, on m’a dit qu’il ne revenait qu’à demain soir ; en revenant j’ai passé à la maison Vilmolin-Andrieux, marchand grainetier, pour y acheter des graines de choux commandées du Japon. Le soir j’ai écrit une lettre à Mr Asstonio Garcia Leonsō de Barcelone.

(和訳)二月二十八日 木曜日
十一時十分に石村の荷物を届ける。帰りに日本から届いた箱を受け取る。その内の一つをコラン氏のアトリエに置いておく。午後、坂本に会いに行くがホテルにはおらず、明日の晩にならないと戻らないと言われる。帰りに種子商人のヴィルモラン=アンドリウーの店に立ち寄り、日本から頼まれたキャベツの種を買う。夜、バルセロナのアストニア・ガルシア・レオンソ氏に手紙を書く。

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「1889/02/28 久米桂一郎日記データベース」(東京文化財研究所) (日本語訳:齋藤達也) https://www.tobunken.go.jp/materials/kume_diary/866061.html(閲覧日 2024-04-20)

同日の「黒田清輝日記」より
 二月二十八日附 パリ発信 母宛 封書
 (前略)さてわたくしこともいつもながらげんきでございます そうしてやつぱりあいかわらずまいにちがつこうにでゝゑをかいてをりますからどうぞどうぞごあんしんくださいまし こんどひつこしましたうちはゑをかくようにできてをるうちですからたいへんあかるくまことにしやわせです がつかうからかへつてからまたうちでゑをかきます てほんになるひとをたのんでかくとよろしゆございますけれどもなかなかこのほうハおかねがかゝりますからたゞわたしのへやのすみつこのねだいのあるところのふうなどをかいてをります 四月か五月にでもなりあたゝかになりましたらまたどこかのちんとしたいなかにでもでかけてゑをかこうとおもいます
 このまえへのびんせんからはらさんごふうふづれおかへりなさいました(後略)
 母上様  新太より
二月二十八日附 パリ発信 母宛 封書