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写真の保存と保護のための写真の基礎

5 写真の保存のための知見と技術

5.3 対象物質の安定性と起こりうる変化

5.3.6 ゼラチン

バインダーの劣化により、像を保持できなくなります。高湿度の環境ではゼラチン膜が水分を吸蔵して、膨潤・軟化しやすくなります。このため表面の形状変化による像のゆがみや、接触している他物体への付着・貼り付きが起こります。ゼラチンは生体タンパク質なので、水分があるとカビが発生して像を覆ったり、膜が腐敗して劣化することもあります。

逆に極度に乾燥した環境では、膜から水分が抜けて硬化・収縮し、膜の変形・亀裂や支持体からの剥離などが生じます。

5.3.7 アルブミン(鶏卵紙)

ゼラチンと同じく生体タンパク質なので、同様の劣化を生じます。また光照射に敏感で、光が常時当たる環境では強く劣化します。

5.3.8 コロジオン(湿板写真)

コロジオンはニトロセルロースを主成分としています。このため下記のニトロセルロースフィルムと同様の劣化が生じます。

膜の物理的強度が弱いので、容易に傷がつきます。

5.3.9 プラスチックフィルム

支持体(フィルムベース)の劣化による像の毀損です。写真フィルムに使われてきたプラスチックは、3.1.3で述べたように主に3種類あります。

  • ニトロセルロース: セルロースの硝酸エステルとなっている部分(図3-1のRの部分)が加水分解して一酸化窒素(NO), 二酸化窒素(NO2)ガスを放出し、フィルムベースを劣化させます。放出される二酸化窒素ガスは酸化力が強いので、ゼラチンや銀も酸化劣化させます。
     劣化反応に伴い発熱するので、多量に密閉して保管されていると熱が内部に蓄積し、自然発火して火災・爆発を生じる危険性が有ります。
  • TACフィルム: ビネガーシンドロームに注意が必要です。これはアセチルセルロースフィルム中の脱水縮合で結合していた酢酸(図3-1のRの部分)が加水分解を起こして脱離する反応が起こるからです。酢酸が遊離するので酢酸臭がします。この反応は酸性条件では酸が触媒となって反応を促進する酸触媒反応で、その触媒となる酸を自ら形成するので自己触媒反応となって,反応は加速度的に進行します。フィルムを密閉した容器中に保管すると発生した酢酸が蓄積して触媒となり、反応が急速に進みます。
     ビネガーシンドロームを防止するには次のような方法があります。
  • 1 低温保管: この現象は化学反応ですので、5.2.1で述べたように、温度が下がると反応速度は小さくなり、劣化が抑制されます。
    2 除湿: 加水分解反応ですので、水分を除去することでも反応は抑制されます。ただ反応を抑えるためにあまりに乾燥させると、ゼラチン膜中の水分が失われて、膜の乾燥による亀裂等が起こってしまいます。高湿度にならないように調湿します。
    3 生成する酢酸の除去: 生成する酸が触媒となる自己触媒反応ですので、触媒となる酸を除去するのが有効です。酢酸を除去する方法として、
    一つは密閉容器での保存を避けて、空気の流通をよくした開放形として、発生した酢酸を揮発させて追い出す方法です。映画フィルムなどの長尺フィルムを容器から取りだしてまき直しをするのは、酢酸を揮発除去して反応の進行を抑えるためです。紙箱や段ボール箱でもその中に酢酸が蓄積するので、箱の一部を切り取って窓を作り、風を通すという方法もあります。この場合酢酸が放出される保管庫・保管室全体の換気も必要です。
    ただ換気を良くすると調湿した空気も逃げてしまい、空調機器の負荷が大きくなります。容器を密閉して低温保管し、放出される酢酸を化学的に吸収する除去剤を封入する方法もあります。このような酢酸の吸収剤にはシグロ(足柄製作所、https://siglo.jp/)などがあります。酢酸吸収剤と調湿剤を合わせて同時に適度に水分も除去するもの(シグロプロHなど)もあります。部屋を密閉して低温調湿し、室内に放出される酢酸を吸収するのにシート状の吸収剤をカーテンのように吊しておく方法もあります。このような吸収剤にはエアチューンシート(金剛、https://www.kongo-corp.co.jp/museumpreservation/index.html)、GasQガスキュウ(資料保存器材、https://www.hozon.co.jp/archival/product_other_1.html)などがあります。
  • PETフィルム: もっとも安定性が高い支持体です。巻き癖がつきやすいので、ロールフィルムに不向きです。なるべく巻いたままにはしないようにします。

5.3.10 紙

紙は図3.1に示したように、セルロース繊維が絡み合ったもので隙間があります。インクがにじむので、酸性紙と呼ばれる紙はにじみ防止に硫酸アルミニウムが添加されています。これの加水分解で生じた硫酸がセルロース繊維を傷めて、紙を劣化させます。写真の支持体としてはほとんど使われていませんが、包装紙として使用すると写真そのものを劣化させる恐れがあります。

このセルロース繊維中へはいろいろのものが吸蔵されやすく、現像処理時の成分、特に定着液成分が水洗不足で吸蔵されると、5.3.1で述べたように画像銀と反応したりして写真像を変質します。RCペーパーは図3.3に示したように、紙の両面をポリエチレン膜でラミネートすることで浸透を低減しています。

5.3.11 ガラス

ガラスは二酸化ケイ素SiO2を主成分とする安定な物質ですが、ガラスの融点を下げるための低融点化成分としてナトリウムNaやカルシウムCaの炭酸塩を加えたソーダライムガラスがよく使われます。水に接するとこれらの塩がわずかですが溶け出して、ガラスの表面に不均一な層ができ、青ヤケや白ヤケと呼ばれる見かけの変化を起こします。ガラスの強度にはほとんど影響はありませんが、光学的変化なので写真画像としては画像の変質として感じられます。昔のガラス乾板はガラスの材質が悪いものがあり、このようなヤケを生じるものがあります。

ガラスは割れやすく、重いので、衝撃による物理的破損に対しても注意が必要です。緩衝材で包んで保存するなどの処置をします。

5.3.12 金属板

ダゲレオタイプや直接ポジ像を作るコロジオン湿板などでは、基板に金属板が使われています。多くの金属は水分が存在すると酸化されて、さびを生じます。基板によく使われた銅板特有のサビである緑青は色が鮮やかなので、さびの発生が目立ちます。ダゲレオタイプなど金属膜の強い光沢で画像のコントラストを作っている場合、酸化膜が形成されると光沢が減少し、像が見えにくくなります。

5.3.13 残留物質

モノとしての写真画像には、作製途中で除去されなかった残留成分等の意図せぬ物質も含まれています。このような物質も写真の保存性に影響を与えます。

  • チオ硫酸塩: 定着液の主成分です。銀塩写真作製の最終工程が定着であり、定着液に大量に含まれています。最後の水洗工程で除去されますが、この水洗が不十分ですとゼラチン膜中に残留し、画像銀との反応を生じたりします。写真作製の際には水洗を確実に実施することが必須です。
  • 水道水: 通常浄水場で清澄にして供給されますが、特に硬水と呼ばれる水にはカルシウム(Ca)イオンやマグネシウム(Mg)イオンが微量含まれています。これらを含む水で水洗後乾燥すると、ゼラチン膜中にこれらの炭酸塩などが析出して残留します。ガラス器具の表面に水滴の跡として残る曇りと同じものです。水洗水の水質が悪いときには、水洗の最後に清澄な水でゆすいでやります。
  • インスタント写真: 撮ったその場で現像できるように、感光材料内に現像液等の多様な成分を含んでおり、反応生成物や未反応成分などがすべて残っています。これらの成分が作用することで像が毀損する可能性があります。保存には冷却する、遮光するなどしてこれらの成分の反応の進行を低減させる配慮が必要です。

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