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写真の保存と保護のための写真の基礎

1 今日使われている銀塩写真(フィルム写真)のシステムと構成材料(モノ)

1.2 感光材料: 像の形成 = 人の目に見えて、変化しない像の形成

1.2.3 像がつくられる原理

写真技術を開発していく中で、カメラの中に写し込まれた像を記録するためには、感光、現像、定着という3つの技術要素が必要でした。

  • ① 感光: 光によって何らかの変化を物質に生じさせることです。
  • ② 現像: 感光で生じた変化を、人間の目に見える像にすることです。
  • ③ 定着: 生じた像をそれ以上変化しないように固定することです。

最初の感光過程については先に述べました。②の現像と③の定着のプロセスが今日のフィルム写真システムでどのようになされているかを次に見てみます。この過程の模式図を図1-7に示します。

図1-7 写真像が形成される過程の模式図

カメラの中の像が写し出される面(結像面)にフィルムを置いて露光します。フィルム中のハロゲン化銀の微結晶に光が当たると、ハロゲン化銀が分解して銀原子の小さな核ができます。生成する銀原子の量はごくわずかなので、この段階ではまだ人間の目ではこの変化を認識することができません。この小さな核を潜像核と呼びますが、潜像核ができている微結晶の分布で見えない像ができています。この像を潜像といいます。

潜像の状態を人間の目に見える像の状態にする操作が現像です。露光したフィルムを還元剤などの薬品を含む現像液という水溶液に浸します。ハロゲン化銀中の銀イオンは還元剤により還元されて銀原子となります。このとき潜像核が触媒となって、潜像核を持つハロゲン化銀微結晶は急速に還元されますが、潜像核の無い微結晶は反応が進まずハロゲン化銀のまま残っています。

潜像核を持つ微結晶がほぼ銀原子になった時点で、停止液という還元反応を止める作用のある液に浸して現像を停止します。このとき還元された銀原子の粒子からなる像ができています。当たった光の強弱に対応して個数を変化させて分布していて、この銀粒子は黒々としているので、個数に対応した黒さで目に見える像が現れます。これを顕像と呼びます。

この段階では未反応のハロゲン化銀が残っているので,できた像がハロゲン化銀微結晶の中に埋もれてしまったり、強い光が当たるとこれも光分解して黒くなったりします。未反応のハロゲン化銀微結晶を溶解除去して、銀原子の像のみを残す操作が定着です。ハロゲン化銀は難溶性物質ですので、これを溶かす物質が探索され、チオ硫酸塩の水溶液が有効であることが見いだされました。このハロゲン化銀を除去する溶解剤による定着処理が見いだされたことで、写真術が完成したといえます。

1.2.4 ネガ・ポジシステム

カメラの中に写し込まれた像は、元の像からやってくる光の強弱が記録されています。元の像の白いところは光を強く反射するため、フィルムに来る光が強くて、現像すると黒くなります。元の像の黒いところは光が吸収されるので、フィルム上では逆に透明になります。元の像の白いところが黒く、逆に元の像の黒いところは透明になり、明暗が反転したネガ像になります。今日の銀塩写真システムでは、このフィルム上のネガ像を通して再度印画紙に露光し、印画紙を現像することで再び白黒が反転して、元の像と同じポジ像が得られるという、図1-8のようなネガ・ポジシステムを採用しています。

図1-8 ネガ・ポジシステムの模式図

このとき、実際の像とネガ像をそれぞれ正面から見ると、ネガ像は左右が反転した鏡像になります。図1-1のカメラの原理図では針穴写真機のスクリーンを半透明にして、そこに映る像を暗箱の外側から見た状態で描いてあります。暗箱ではなく人が入れる大きさの暗室として、一方の壁に針穴を開け、反対側の壁に映った像を室内で見ると、左右が反転した倒立鏡像として見えることになります。ネガを観察するときは通常背面から透過像を見るので、この場合は正像に見えます(フィルム番号は背面から見たとき正常な数字に見えるように記されています)。ネガ像からポジ像を作るときにはネガの画像層側を印画紙に向けて露光するので、再び左右反転してポジ像は正像になります。このため1回の露光で直接ポジ像を作るダゲレオタイプなどでは、像が左右反転した鏡像として記録されることになります。

このシステムではフィルム上のネガ像からポジ像を何枚も複製することができ、写真の普及に一役かいました。またポジ像を作成する際に、階調の調節やトリミングなどの画像表現の調節が可能で、表現のフレキシビリティが増します。

1.2.5 カラー写真と分光感度

光は電磁波という波の一種で、ある波長領域の電磁波を人間は光として感じることができ、光は波長によって虹の七色のように違う色に認識されます。図1-9のように、人間の眼は光を短波長側から青・緑・赤の3つの原色に分けることで色を認識しています。

図1-9 光の波長と色の関係

光によって物質が変化する光化学反応は波長によって起こり方が違います。ハロゲン化銀は青色の光にしか反応しませんので、ハロゲン化銀のみの感光材料で写真を撮ると、緑や赤の部分は写りません。そのため分光増感という、緑や赤の光にも感度を持たせる処置を感光材料に施します。長波長の光を吸収する色素をハロゲン化銀微結晶の表面に吸着させて、色素が吸収した光による作用をハロゲン化銀に伝達し、ハロゲン化銀中で光分解反応を起こさせます。

写真感度の波長依存性を分光感度といいます。カラー写真はフィルム中の乳剤層を青・緑・赤の光にそれぞれ反応するように分光感度を持たせた3層に作り、現像したときに各層でそれぞれイエロー・マゼンタ・シアンと異なる色に発色させることで色を再現しています。

逆に白黒写真の印画紙は青色光にしか感光しないようにして、ネガからプリントする引伸しの作業のときには、分光感度を持たない赤色や緑色の光の下で作業できるようにしています。このような感光材料はレギュラーと呼ばれ、緑色の光まで感度を持つものをオルソ、赤色までの可視光全域に感光波長範囲を広げたものをパンクロと呼んでいます。


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