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写真の保存と保護のための写真の基礎

1 今日使われている銀塩写真(フィルム写真)のシステムと構成材料(モノ)

まず写真はどうして得られるのか、そのシステムの流れを見ていきます。

1.1 カメラ: 像を写し取る = 3次元物体の像を2次元に圧縮する装置

写真を撮るためにはカメラを使います。昨今はスマートフォンでも写真を撮りますが、それはスマートフォンの中にカメラの機能が取り込まれているからです。カメラの機能、それは3次元の形状をした被写体の像を2次元の平面上の像に圧縮するというものです。フィルム写真でもデジタル写真のシステムでも,この部分は同じです。この機能を持った装置は古くからあり、カメラオブスキュラ (ラテン語で「暗い部屋」、カメラの語源)と呼ばれていました。歴史的にはその機能はまず針穴写真機(ピンホールカメラ)で実現されました。図1-1に針穴写真機の原理図を示します。

図 1-1 針穴写真機の原理図

被写体に光が当たると、その光は反射されて四方八方に広がります。被写体のある1点から出た光をスクリーン上のある1点にのみ届かせる。そしてその点には他からの光はまったく届かない。3次元の被写体上の1点と、2次元のスクリーン上の1点とをすべて1対1に対応させる。それがカメラの機能です。

針穴写真機はシンプルですが、そのような機能を持っています。像から出た光のうち、暗箱に穿った狭い針穴を通った光だけが暗箱の反対側のスクリーンに到達します。スクリーンをすりガラスのように半透明にしておき、暗箱の外側からスクリーンの裏側を、周囲を暗幕などで遮光して暗くして観察すると、半透明スクリーンにあたった光による像が観察されます。このときスクリーンに映る像は、元の像を180°回転させた倒立正像として見えます。

ただ小さな針穴を通った光だけで像を作るので、像が暗いという欠点があります。その欠点を改良するために広がった光を1点に集光させる機能を持つレンズを使ったレンズカメラが作られました。このときレンズが集光できるのはスクリーンが焦点距離に対応したある位置にあるときだけになるので、レンズカメラではピントを合わせるという操作が必要になります。針穴写真機ではピントを合わせる必要がありません。

1.2 感光材料: 像の形成 = 人の目に見えて、変化しない像の形成

カメラを使ってスクリーン上に像を投影できるようになると、次にその像を何かの形でそのまま保存できないかと人類は考えました。

1.2.1 感光材料: 光による物質の変化

光の強弱で像ができているので、光が当たると変化する物質をカメラのスクリーン上に置けば、その光の強弱で物質の変化に違いが出て、それは像と同じ形に分布します。その物質の分布で目に見える像を作れないかと人類は考え、そのためにいろいろの物質が試されて、その結果たどり着いたのが銀の化合物でした。

特に銀Agと塩素Cl、臭素Br、ヨウ素Iなどのハロゲン類との塩 = ハロゲン化銀(AgCl、AgBr、AgIなど)は光に対する変化が大きいので注目されました。中学か高校の理科の時間に硝酸銀AgNO3と食塩NaClの水溶液を混ぜて、白い塩化銀AgClの沈殿を作ったことがありませんか。このとき次の式1-1と図1-2に示すような反応が起こっています。

図 1-2 塩化銀の沈殿生成

この白い沈殿を光の当たるところに置いたままにしておくと、だんだん灰色に変化していきます。これは塩化銀が光を吸収して分解し、金属の銀の微小な粒子ができたためです。光のエネルギーで塩化銀が銀原子と塩素分子に分かれる、式1-2と図1-3に示すような光分解反応が生じています。

図 1-3 塩化銀の光分解

この反応は光化学反応の中でも感度が高く、すこしの光でも進行します。これを使って像を作ろうという試みから、今日の写真フィルムを使う銀塩写真へと進歩しました。ハロゲン化銀を使ったいろいろのシステムが提案され、その中からゼラチンの薄い膜の中にハロゲン化銀の微結晶を分散させた感光層を、プラスチックのフィルムの上にのせた写真フィルムができました。この歴史的な過程で作られたいろいろの写真は、後ほど古い写真の種類と原理のところで述べます。

1.2.2 感光材料の構造: 概略

現在使われている写真フィルムなどの銀塩写真感光材料はどのように作られているのか。まず写真フィルムとはどんなものか、拡大して見てみます。写真フィルムは単にフィルムとも呼ばれますが、もともとフィルム(film)というのは薄い膜状の物体のことで、写真フィルムも形は可撓性のあるプラスチックの薄い膜です。ただ、単なる膜ではなく、その表面に感光層という光に感じるさらに薄い膜がのっています。この膜は乳剤層とも呼ばれ、ハロゲン化銀の微結晶が分散したゼラチンの水溶液(これを乳剤と言います)を塗って乾かしたものです。白黒の写真フィルムの模式図を図1-4に、フィルムの断面の顕微鏡写真を図1-5に示します。

図 1-4 白黒写真フィルムの構造の模式図

図 1-5 白黒写真フィルムの断面写真 (小林裕幸氏提供)

図1-5の写真の下の部分がフィルムベースと呼ばれる支持体で、その上の白いつぶつぶを含む部分が乳剤層です。この部分が光に感じる作用を持つので感光層とも呼ばれます。多数の白い点が分布していますが、これが感光物質のハロゲン化銀の微結晶です。この隙間を乾燥したゼラチン膜が埋めています。ハロゲン化銀の微結晶は大きさが数10 nm(10-8 m)から数μm(10-6 m)で、この一つ一つが画像を構成する要素である「画素」になります。画素サイズがこのように小さいので、フィルム写真はデジタル写真のシステムよりはるかに解像度が高く、より細かい像を精密に写しとることができます。感光材料に用いられているハロゲン化銀の微結晶の電子顕微鏡写真を図1-6に示します。同じ大きさ、形になるよう精密に作られていて、フィルムの特性に合わせて立方体、八面体、平板状などの形をしたものが用いられています。

図1-6 ハロゲン化銀の微結晶の電子顕微鏡写真
(大関勝久、「写真の百科事典」、編集 久下謙一、朝倉書店、東京、2014、p202)


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