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写真の保存と保護のための写真の基礎

5 写真の保存のための知見と技術

5.3 対象物質の安定性と起こりうる変化

5.3.1 銀粒子

像を作っている銀原子の酸化・還元反応により、画像銀の劣化が起こります。

  • 原因1 定着処理不完全による残存成分との反応

    残存したチオ硫酸塩は銀原子と反応して、硫化銀を形成します(硫化劣化)。これにより黒色の像は黄褐色に変色します。

    2Ag + S2O32- → Ag2S + SO32-

    酸性条件では次のような反応も進みます。

    8Ag + 3S2O32- + 2H+ → 4Ag2S + 2SO42- + H2O

    また定着中にハロゲン化銀の溶解により発生したチオ硫酸銀錯体が残存していると、これも反応して硫化銀を生じます。この反応はアルカリ性の条件で進みやすくなります。

    Ag2S2O32- + H2O → Ag2S + 2SO42- + 2H+

    (三位信夫、画像工学シリーズ11 写真のケミストリー、丸善、東京、2001年、pp150)

  • 原因2 空気中の酸素と水分による反応

    銀原子が酸素と水分で酸化されて銀イオンになります(酸化劣化)。現像銀粒子がフィラメント状になっていると表面積が大きくなり、より多くの酸素や水分と接するので反応しやすくなります。ここで生成した銀イオンは移動可能となり、ゼラチン膜中を移動します。その途中で還元性物質と出会うと再び銀原子に還元されます。

    ゼラチン膜中を移動中に膜中で再還元されると、膜中にコロイド銀を形成する「ブレミッシュ」が起こります。コロイド銀による黄褐色変色を起こしたり、膜表面に銀原子が形成されて銀鏡を形成したりします。

    元の画像の銀粒子上で再び還元されると、フィラメントが縮んで球形へと形状が変化します。光の吸収具合が変わるので、像の黒化濃度が変化します。

    現像銀の形態変化については、フィラメント状から球状に変化して黒化濃度が増大し、元乳剤のハロゲン化銀微結晶サイズが小さいと進みやすく、硬膜されていると変化が小さくなるという報告があります。

    (豊嶋悠樹他、日本写真学会誌、76(6), 487-492(2013), https://doi.org/10.11454/photogrst.76.487

  • 原因3 空気中の反応性気体との反応

    硫化水素(H2S)などの硫黄化合物ガスにより、硫化劣化が起こります。硫化銀が形成されて、黄褐色に変色します。一方、オゾンガス、二酸化窒素(NO2)などの窒素酸化物、硫酸ガス(SO3)などの硫黄酸化物のガスは酸化劣化を引き起こし、銀原子が銀イオンに酸化されます。塗料や接着剤などから放出されるアルデヒド類などの刺激性の有機物質も種々の反応で劣化させます。

画像銀の堅牢化処理

銀からなる像を変化しにくい物質で作り直して堅牢化する処置が為されることもあります。調色は銀原子を硫化銀、セレン化銀などの銀化合物に変換する処置ですが、色調変化を伴いやすく、セピア色変色などを起こします。金・白金保護処理は現像銀粒子を金・白金メッキする処理です。調色より色調変化が小さくなります。この処理も調色と呼ぶことがあります。

5.3.2 色素

写真に用いられる色素分子はほとんどが有機物質で、酸性・塩基性基、還元性・酸化性基などの反応基を持ち、分解したり、他の物質に変化したりする有機反応で分子構造が変化します。このとき吸収する光の波長域が変化すると異なる色となります。

色素が分解すると、色が消える退色・消色が起こります。光照射による色素の光分解反応で退色する明退色や、熱や水分による加水分解反応、酸化・還元反応などで退色する暗退色があります。色素の分子構造の変化で別の色になる変色も起こります。

カラー写真ではCMY3種類の色素で色を作っているので、色素間の耐久性が異なるとカラーバランスが変化して、色味が変化します。このうちシアン色素は他の色素より分解しやすいものが多く、2.6.1で述べたように赤色光が吸収されなくなるのでセピア色への変化を起こします。

5.3.3 カプラー

カプラーも同じく有機物質で、色素よりも反応性に富んでいます。内式現像のカラー写真では、色素の変化以外に、未露光部に残存するカプラーの変化も起こります。カプラー自身はほぼ無色ですが、熱、水分、光などで変化すると主に黄色の着色物質を形成します。

5.3.4 カラー写真の油滴

一般に使われている内式カラー写真の感光材料には、ゼラチン膜中にカプラーを含んだ微小な油滴が分散しています。現像後も露光部にはカラー現像で生じた色素が、未露光部には未反応のカプラーがこの中に含まれています。色素とカプラーの安定性については上に述べましたが、油滴も有機物質であり、色素などより安定な物質といえども経年変化は避けられません。

5.3.5 インク

印刷した写真画像では、色素が紙の繊維中に沈着しています。最近主流の顔料インクでは、色素が水に不溶の顔料として含まれており、水に濡れてもにじまず、比較的堅牢です。一方、染料インクでは色素が水に可溶の染料として含まれているものがあり、耐久性が小さいものや水に濡れるとにじむものがあります。


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