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写真の保存と保護のための写真の基礎

2 銀塩写真の像ができる原理の詳細

2.1 光の吸収と反射

物体に入射した光は図2-1に示すように、一部が表面で反射され、その残りの光が物体内部に入り込みます。物体内を通過する間にだんだんと吸収されて減衰し、残余の光が透過して出ていきます。光が持つエネルギーは反射では失われませんが、物体内で吸収されるとそのエネルギーが物体に与えられます。

図 2-1 入射した光の行方

このとき光の波長により、反射や吸収される割合が異なり、これが物体の色の違いとなります。反射する割合(反射率)や吸収される度合(透過率・吸光度)が波長により異なる性質を、分光特性と呼びます。吸光度が大きい固体物質は反射率も高いので、強く吸収される波長の光は、反射率も高くなります。金属は光を強く吸収する(透明でない)ので反射も強く、強い金属光沢を持ちます。

物体の表面で反射した光を見たときの色を表面色といい、金の黄金色など金属の色は表面色です。この色は上述のように、物体が吸収する光の色と同じになります。一方、紙や布などの白い物体では、光は物体の内部にまで入ってから反射します。このときインクや染料で染まっていると、光は途中でインクや染料で吸収され、吸収されなかった残りの光の色が見えることになります。これを内部色といいます。従って、物体の表面色と内部色は正反対の色になり、後述する補色の関係になります。表面色が見えるときと、内部色が見えるときとでは、色の見え方が逆になります。黒いビロードの布が見る角度により部分的に白く輝いて見えるのも、これと関係しています。

物体が吸収した光のエネルギーは物体内の原子中の電子に渡され、電子がより大きなエネルギーを持つようになる励起が起こります。固体の場合大きなエネルギーを持った電子は,原子核の束縛を脱して、物質中を自由に動ける自由電子となります。ハロゲン化銀ではこの自由電子がその大きなエネルギーで光分解を引き起こします。

2.2 ハロゲン化銀の光分解と潜像核形成

ハロゲン化銀は光を吸収して、1.2.1で示したように銀原子とハロゲン分子に分解します。この反応をもう少し詳しく見てみると、光の吸収で生じた自由電子はマイナスの電荷を持っており、プラスの電荷を持つ銀イオンと結合して、中性の銀原子を作ります。

ハロゲン化銀中に銀原子が形成されますが、この銀原子は新たな自由電子を引き寄せることができます。生成した銀原子のところへ自由電子が集まって、そこでさらに銀原子が生成して銀原子の集団(核)へと成長します。この銀原子の集団は潜像核と呼ばれます。潜像核は銀原子が数個以上の集団で、まだ小さいので潜像核の形成は目に見える変化ではありませんが、潜像核を持つハロゲン化銀微結晶の分布した像が、先の図1-7に示したように形成されています。この像が潜像です。潜像ができると、写真が写ったという状態になります。

ハロゲン化銀の微結晶中の最初にできた潜像核に,その後生じた自由電子が集まるので、微結晶全体で光を吸収していますが、その効果は一点に集中することになります。これは集中核原理と呼ばれていて、銀塩写真システムが高い感度を持ち得た理由の一つです。

2.3 現像: 像の発現

現像は像の発現であり、光により形成された潜像を可視化する処理です。現像という処理は目に見える像を作り出す上で重要で、その発明は写真術の進歩の上で画期的なものでした。

銀という元素はイオン化傾向が小さく、銀イオンは中性の銀原子になりやすい性質を持っています。原子や分子の間で電子がやり取りされるとき、電子を受け取るのが還元、電子をとられるのが酸化という作用です。電子を与える力を持つ物質は還元剤と呼ばれ、これは現像液の主成分です。ハロゲン化銀中の銀イオンは還元剤から電子をもらって、中性の銀原子に還元されます。現像液に写真感光材料を浸すと、ハロゲン化銀の還元反応が始まります。

ここでRed.は還元剤、Ox.は還元剤の酸化生成物、Xはハロゲン化物イオンです。

このとき図2-2に示すように、潜像核がハロゲン化銀上にあると、潜像核がこの反応の触媒となって速やかに進行します。露光したハロゲン化銀微結晶には潜像核が有り、急速に反応が進みますが、露光していないハロゲン化銀微結晶には潜像核が無いのでなかなか反応が進みません。露光されたか否かで、現像による銀原子のできる速度が異なることになり、露光された部分に先に現像銀粒子が出現します。潜像核の触媒作用は潜像核を作る銀原子の数が多いほど強まり、大きな潜像核では還元反応が早く進みます。露光した印画紙を現像すると、高露光部から先に像が現れるのはそのためです。

図 2-2 現像反応の模式図

現像液に浸したとき、現像が始まったハロゲン化銀微結晶の数の割合が、現像時間に対してどのように変わるかを示す現像速度曲線が図2-3です。現像液に浸してもしばらくは変化の無い誘導期を経て、大きな潜像核を持つハロゲン化銀微結晶から順次現像が起こり、やがて小さな潜像核を持つ微結晶でも始まります。そのうちに未露光の微結晶でも一部で現像が始まって、黒くなる粒子が出現してしまいます。これがカブリと呼ばれるものです。カブリが発生すると像のシグナル/ノイズ比(S/N)が低下して、像がぼんやりとしたものになります。露光部のハロゲン化銀微結晶がほぼすべて現像され、未露光部の微結晶ではまだ現像がほとんど始まらない時間が、最適現像時間になります。

図 2-3 現像速度曲線

現像中の感光材料を取り出して、還元剤の作用を停止する働きのある停止液に浸すと、現像が停止します。露光部にのみ現像により銀原子が形成され、未露光部はハロゲン化銀のまま残ることになります。還元されてできた銀原子の粒子の分布からなる像が形成され、この現像銀粒子は黒色をしているので、眼に見える形の顕像が出現します。

2.4 像の微細構造: 現像銀の光吸収

潜像は潜像核を持つハロゲン化銀微結晶の集合体ですが、顕像は現像銀粒子の集合体です。現像反応は図2-4に示すように、還元剤からハロゲン化銀に注入された電子が、還元された銀原子とハロゲン化銀との境界部で銀イオンと結合して銀原子となり、すでにできた銀原子の塊を押し出すような形で進行します。そのため現像銀の多くは細長いフィラメントになって成長します。

図 2-4 フィラメント状銀の成長模式図

現像銀粒子はこのフィラメントが絡まった毛糸玉のような状態になります。白黒写真像の一部をどんどん拡大していった時の写真を図2-5に示します。(4)の2500倍まで拡大すると現像銀粒子はそれぞれ黒い塊として見えていますが、さらに10倍拡大した(5)の25000倍では、この塊はフィラメント状銀が糸状になって絡まりあった,隙間のある構造であるのがわかります。

図 2-5 現像銀粒子の拡大写真
(C.B.Neblette, “Fundamentals of Photography”, Van Nostrand Reinhold, New York, 1970, p66)

このような隙間のある銀粒子は、密に詰まった球状の粒子より効率よく光を吸収するので光学濃度が大きく、強い黒色を作り出してより黒々とした画像になります。フィラメントのでき方は現像条件によって変化し、現像銀粒子の形状が変わります。現像条件の違いでフィラメントの光の吸収の仕方も変わるため、白黒写真像の階調や色味を変化させて、硬調・軟調や冷調・温調などの写真表現の違いを生じるもととなります。

光が強く当たったところでは多くのハロゲン化銀微結晶に潜像核ができて、現像により多くの銀粒子が折り重なって生成します。そのため入射光は多くが重なり合った銀粒子に吸収されるので、黒々とした色になります。一方、光の弱いところでは少ない銀粒子しか生じないので、粒子の隙間を白色光が一部通り抜けて灰色になります。銀粒子は元の感光材料のハロゲン化銀微結晶よりわずかに大きいぐらいの、せいぜい数μm程度なので、この隙間は人間の目には見えません。そのため銀粒子の数の違いは、眼でみたときには黒さの違いとなり、連続した階調の変化として認識されます。

銀そのものはかなり安定な金属ですが、細長いフィラメントは外界と接する表面積が多く、この表面上で空気中の酸素や硫黄化合物のガスなどと接触していろいろの反応が起こりやすくなります。このような反応でフィラメント形状が変化すると光の吸収の程度が変わるため、写真像の階調の変化や、セピア色変色などの色の変化の原因となります。このため銀原子を金などのより安定な金属に置き換える、調色という処理が施されることもあります。


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