白馬会雑言(二)

  • 牛門生
  • 毎日新聞
  • 1903(明治36)/10/19
  • 2
  • 展評

△和田英作氏は巴里のサロンに受取られたといふ誉の一軸ではない額の「思郷」を出して居る、何かさてサロンの入選を目掛けて画いたゞけに何処と云つて卒がない、気にも筆にも弛みがない、正しく場中の白眉だと思ふ、窓外を見て我が故郷懐かしの情が其顔は勿論、手を重ねて悄然と立て居る姿即ち全体を通して表はれて居る、其れといふが輪郭が確かで、顔の厚見もあり、体もアナトミーを得て居て衣物に入つて居るので斯くは確実なる表情を得たのだ、其色が亦た全体に頗る好い、袖口其外の紅色も卑しからずして其模様も落附き四辺の窓其外の色ともよく調和せられて居る、渾厚の作とでも云はうか、品の高きが中にシツとりとした重みもありて見て飽きたらぬ味を有つて居る、
△薄ツぺらな何の味も罩らぬ群小洋画の多い世間では珍とするに足るとおもふ、之と相対して彼の大阪博覧会に出した「こだま」が並んで居たら一層の壮観であツたろう、何処かの新聞では、洋行前と技倆が少しも変らないといふ意味を書いて居たが、洋行前の和田氏が「渡頭」の手際で此れが画けると思ふか、批評もズバヌケて此位までになれば寧そ滑稽で好いかも知れない、
△同氏の「夕暮の三保」は夕日を含んで居る雲の描き方が大層よく此処が一寸足を留めさせるところだ、富士山は少し硬いやうに思はれる
△北蓮蔵氏は「添乳」と「吹笛]の二大作を出して居る、双方とも画題も面白ひが、又達者に払曳してある、添乳の方は他よりも骨が折れてるだろうが、乳呑児の腕や足は少しゴム人形の方だ、女の足は硬くして少し義足を突ツ張ツたといふ気色がある今少し柔かく多少の態を有たせて貰いたい、腰から上は比較的に好い、画題に平民的の好い処もあるが、画としては美的趣味を有たなければならぬ、比点に於て欠乏して居るやうな感じがする、
△「吹笛]の方は此よりも楽であったらうが男の岩に腰を掛けて笛を吹いて居るところは朦朧の中にも輪廓が正しく認め得られ、大に面白く往つて居た、(牛門生)

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