白瀧幾之助氏の『通学』は縦框にして十五六とも見べきと十三四とも見べきと二人の少女を 描きたり何れも袂長く海老茶色の袴穿きて洋傘と包を手に何物にか見入りつゝ歩む様なれども各々視線を異にす後景には不忍池畔を用ゐて池の彼方軒の下を走る腕車なども見ゆ美く華やかなる絵 なり甞て或画家に聞く人物を描くに當りて表情は易きも無心なるは難しと観る人の判断に任すべし同く『梅村』は小品にして白梅 二株小舎一ツ垣根の此方には麦未だ若く後は林を閉さ れたり寧ろ可憐なりとせざらんや田舎道にては屡々見る景色なり
小林鐘吉氏の『小児』は大工の弟子が鉋研ぐ暇をぬすみて木材に据したるまゝ日光を浴 びつゝ梨か桃か将た林檎かを剥く図なり総じて佳作なりとは云ふを得ざるべく 堆積したる鉋屑を綿屑ならずやと怪みし人もあり
赤松仁作氏の『収穫』は 大幅にして田家稲を苅るの図なり近く母と老婆と乳児を負ひたる少女 と何も佳く写されたれども中にも老婆の態度と其の容貌と孫 を見て可愛さに堪えざる様など最も佳なり晩秋の稲田日は空のいづ れに懸るか時知れざれども遥に見ゆる住居の後につゞく山のたゝずまひは真に全幅 の絵に生命を与へて此山なくば見るに足らざるものになり了らしめんとす
高木徳 一氏の『山間』は余に水の緑きかな新緑満山を埋むとも斯く水 の緑むべしとは覚ほえず
郡司卯之助氏の『金魚売』大幅なり金魚盥を指 して乳母か下婢かの背にある小児をあやす兄の児の後姿は写生の極意に達したれども其乳母の面稍稍引立たず且つ傍に立ちし人は指し て云ふ金魚入るゝは硝子玉なれば落して砕きて小児をな泣かせぞと蓋し硝子玉 を持つ手を怪みしなるべし