油絵水彩画とも取交ぜ約四百点を陳列し他に広告図案、海外印 刷物の参考品等いづれか此秋の上野を賑はさゞるべき春の会に比しては大作比較的に少なしと雖も新たに美術学校を出でたる諸 氏の精励になりしも亦た少なからず
場中最も多く出品したる岡田三郎助氏の二十三点と和田英作氏の十三点とは仏国に在りし間及び 現に仏国に在りて描かれしものにして人物も風景も悉く材を彼方に取れり
一巡して最も画面の大なるは小林萬吾氏の『水難救済』と磯部吉 雄氏の『李鴻章』とす前者は殆んど廿に余る人物を描きていづれも救済に忙はしき裸男なり暗雲空を覆ふて濁浪岸を噛み難破船の檣のみ右方に見えて船体は人と波とに匿れたり今しも救助縄に伝はらしめて一老翁の半死半生なるを岸に齎らしたるもの擔荷にして運去らんとす るもの地上に伏して起きも得あがらざるを労はりて他に伴はんとするもの救命砲を 放つに急なるもの一様に黯みたる絵のさらで暗澹たるに雨なるべきか人は肩を 狭めて物と云ふ物は悉く湿れそぼちたり未成作なれば兎角の難は被るべきも見る人は渾て恐ろしき気色よと云ふ後者は鉛筆なるか墨炭なるか定かに見分けざりしも李鴻章は左眼の下に薬紙を貼して椅子に寄 り後ろには従者二人前には佐藤博士なるべし軍服著たる医師を従 へて立つ其當時を写さんとしたるものなるべきも果して何の意を存するかを知らず李鴻章 も齢には応はしからず
岡野栄氏の『読経』は入口より見来りて第一 に眼に触るゝ大幅なり緋衣を纏ひたる僧一人壇に向つて読経す衣 の袖の皺粗にして木綿と見れば周囲のあしらひに叶はず右に明るき障子亦 た余りに近くして堂の広さを怪しむ僧其人の風装将た緋衣を著くるが程の高位なりとも思ほえず