俗吏美人の膚を穢す(上野の秋色)

  • 中央新聞
  • 1901(明治34)/10/20
  • 5
  • 雑報

緑波黄葉の秋の都、天地の美を一園の中に収めたる上野公園には、美術院の大家日月会の俊才が丹青を凝らせし展覧会数種ありて、自然の大観を外界に待つまでもなく、あらゆる有情非常の美を発 揮して、観る人の、心目を新たにする中に、名に負ふ白馬会の出品殊 に愛たく、際立ちて衆目を惹くは、目下巴里遊学中の黒田清輝氏が、精進の余に迸しり、発して二幅の画図となりたる先生得意 の裸美人なり、像は芳紀廿三四の外国婦人が何物にか視線を注ぐ眼光涼 しく左足を屈めて、右足を伸せし姿勢の悠揚として神の如 く、温として玉に似たらん乳房の色、脂や香ふ花をそのまゝの肉附、さて は光線の掩映筆路の清健、観る人恍として天女に対する想ありて、此ぞ今年の大傑作と感歎の声四方に遍ねかりしを、杓子定規の警察官は之れを何とか見たりけん、風俗上何とやらの嫌ひありとて、此 裸美人の細腰に白布の蔽をなすべく厳そかに出品人に命じたりとい ふ、吾人は独り警察とのみ云はず美の神も山の神も同じ様に心得 て居る今の俗吏の眼光豆の如きを憐れむと同時に、遥々八重の潮路を渡りて、巴里より東京へ来りし此美人の為めに、不幸天真を見誤まられて、一片の白布卿が膚を穢したるを悲む!

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