本年秋季の西洋画(上)

  • 中央新聞
  • 1901(明治34)/10/26
  • 1
  • 展評

本年秋季の絵画展覧会に西洋絵の陳列せられて居るのは白馬会と日月会の一部である、ソコデ例により重なる出品に向て批評を試 みて見やうと思ふ。
黒田清輝氏の率ゆる白馬会が歳を追ふて着々進歩の跡の見ゆるのは、同会のみならず斯道のために喜ぶべき事である、それに今回は裸体画像が局部隠蔽といふ奇禍に罹つたのが、端なくも満都人士の評判と成て、日々大入叶の人気を博して居るのを見れば警察官は裸体美人の讐敵たると同時に亦た白馬会の福の神といつて宜 からう。
◎赤松麟作氏の「夜行汽車」は形の上から云ふと先づ場中第一の 大作で、十余の人物を配列した所は苦心の程も左こそと察せられる が、それ丈け批難すべき点も多くある、先づ第一に此画の大主眼ともいふべき夜 色の光景が充分に写されて居ないので、昼だか、夜だか明白と見分け悪い憾がある、それに画面の統一を欠いて居る所などを見ると如此大作はマダマダ少し無理ではあるまいか、とは云ふものゝ此人物を個々に離して見ると写 生の技倆は賞すべき所もないではない。
◎同氏筆で「山路」と題する風景 は、寧ろ前画に比して勝るの出来だ、只だ人物の余りボンヤリ過 ぎて居るのと、光線の纏まらぬため多少全体の調和を妨げて居るのが此作の欠点だ。
◎中沢弘光氏の「人物」は寸燐の火光が赤く顔面に映射した工合は実に巧妙に写されて居るが、指先の所にバアミリオンを強く用 ゐたため余り鮮紅色に過ぎて、何う見ても光りの色とは受取れない、まる で手指に血液が粘着いて居る様だ、それにバツクの中にある石膏の置物は余 計物であらう。
◎同氏筆「浅春」は佳作と云ふべきもので、題意の趣き も能く会得が出来るのだが、惜い事には全体色彩の変化に乏しいのと、 何処までも調子が単一であるため、遠近の工合が甚だ不満足であるかに見受けた。
◎北連蔵氏の出品中では、先づ「老人の肖像」が最も佳い出来だ、 一見した所では是れといつて格別難すべき点も見出さない。
◎矢崎千代治氏の「福沢翁肖像」は肉色が少し黄色に過ぎると、夫れに余り一調子である処 から見ると、多分写真に拠つたものだらう。

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