◎安藤氏の海岸夕景はお手に入ツたもの水溜りは実際彼の如く見ゆる者に や水平には稍や受取れず。木元、森川、北氏何れも佳作なり今少しく念の入り たるを見たし。矢崎氏の草花兎に角彼れ丈けの大物をよくもこなされたり主部に力の足 らざるは遺憾なり。鸚鵡に少女至極上出来なり只だ少女の居処ろの説明不充分等にて鸚鵡の少しく剥製に似たるは玉に瑕なるべし。荻に袂を取られたる小女下 げたる手の曲り方反対ならずや荻の描き方など手に入ツた者なり。墺人オーリツク氏のエツチングは同氏が最も得意の技賛評を須ひず石版も斯 ふ云ふ風に出来れば額になしても恥しからずパステルに水彩の思ひ切ツたる描 き方は驚嘆の外なし物に応じ其描方を異にして妙味則ち 深きを覚ふ。岡田氏の風景別段非凡とも覚へず穏かなる調色なり。磯野 氏の瞽者何処に妙味あるや一向に解らずダビンチーの乞食に於る意味にもや桜花の図感服せり。白瀧氏の花嫁是は又六ツケ敷者を描かれたるものかな此丈けの人数に箇々 の感情を表はすこと尋常の苦辛にあらず随て欠点亦多きを免 かれざるが如し主公花嫁の今一息エキスプレツシヨンが足らざると混雑の様が見 へざるとは遺憾なり兎に角全体に纏まり居る処は称するに堪ふ。少女の図手 に申分あれど先づ無難なるべし嵐山、東寺の図など一寸よき出来なり。田口氏は漸 く昨年頃より此会に見受る様なるが早や大作を試みられたるは噸 と其勇気に驚きたり主客に風情の乏しきと花売のデツサンは甚だ 怪し然し図も調色も悪きにあらず此勢にて益々修養を祈る田中 氏塩見氏の画調色描方特に非難する程のことなし先上出来の方なる べし（似黒人）
◎今年は白馬会の首領株が居ないから定めしろくな画もなかろうと思 ふたが、案外にもなかなか立派な画が多くある、特にあまり名も聞かぬ新進生の作に面白ひのが多ひ様だから一寸批評して見よう、題は何と云 ふのか知らんが第六０中沢弘光の画で山近き駅場の様な景色だが夏の雲の山際に浮べる所 より日影の所を行く人物の活動しているなど非常の出来だ、次 に目に留るのが山本某の画だ此人は去年も風景画を多く出品した様に思ふが、今一ツも記憶せんから比較も出来んが、此度の画は概して上出来と云ふてもよかろう其九五の如きは海辺の落日後の景だが遥に沖合にちらちらと漁 火の見ゆる所は実に和歌的の感がある、同人の画も大きくなると甚 だ感服せぬ、大作は六ツケ敷ひ物と見える、九九の黄色の風景や火山の噴口見た様な画は地理学の講堂にでも掛るに適する様だ、森川某の画には一種の特色が見 へるが其大根の洗ひ場の如きは尤も妙だ、矢崎某の画は沢山あるが鸚鵡を見て 居る美人のが一寸目に付く、然しどうも鸚鵡の方が剥製物だ、そうして様子が甚だおかしひ、鳥がブランコして居る、磯野某の画も多あるが同人は夕景の画が得意と見へる、瞽者の如き悪作はよく出品をゆるされたもので、當人もこんな物を人に示す勇気があるのに驚く、塩見某の画にも一寸面白いのを一枚見たかもう一度見てから評する事としよ（千朶蒼居）
◎小林氏の門附け男と女と全然別々で男に連れて弾き居る一と組とは思はれず今少し双方の連絡あるやう工夫を要す男の帯の皺おもしろし裾はキレを切りたるまゝのやうなり今少し裾らしくありたし折角の大作としては唯だ其風俗を写せるのみにして意匠に乏し他に面白く現はしやうの有佐様なものなり。長原氏の子守思ひ切つたる筆 にて而かも色の上に夏の有様も見へてよく其技巧の上に於て深 く面白味を感ずるの作と云べし一二四号の森と畦道の景小品中にて面白しエー ル、オールリツクは墺国の画伯此度客員として出品しあり其自画石版、 ウードカツト、エツチング、水彩の如き夫れ夫れ研究に資する少からず世の石版を扱ひ木板に従事するもの之を見て其美的技巧を涵養すべし（台 麓生）投書日々机上に堆きを為す而かも事苟くも芸術上の批評に係れば其の最も見るべきを取りて此に掲出を了ると云爾（編者）（完）