三宅克己氏の水彩画は此会には珍らしい一種の出し物だが此人の水彩は総じて落着があツて他の人の様に浮薄に見へない而して形を見 る眼と色の使ひ方は中々確かだが之を働かして趣味のある絵を作 る道を誤つて居る様だ始終余り綿密に失してパノラマに為り掛 つたり又此綿密が途中で消へて手こずり加減が見へる所もある此点 を注意して趣味の深い絵を作らなければ可けない「信州小諸附近の景」 も形は確かだが少々パノラマの方だ「水に映ずる森」は絵に締りがない「千 曲川の初春」は春の心地は充分に感ぜられるが左方下部の隅に 在る岸が甚だあやしい「倫敦ハンプステツドの森」は就中上出来のやうだ
白瀧幾之助 氏の「蓄音器」前回の稽古化粧などで人事画に向て趣味を見出だし優に其歩武を進めて徃くは頼もしいことだ何にせよ三四人の人物を纏めて其解剖も一ト通り正しく徃つて居るのは感心の訳さ蓄音器を廻 し居る小童も後ろながら情が見はれ前の聴器を耳に當て居るも の傍より之を待遠ほさうに眺め居るもの下に俯して他の聴器を取り居 るもの三女夫れ夫れの表情充分に描き現はされたるは前回の稽古と思ひ合せて観者の感心する所であらう手にまるみがなく骨ツぽく見ゆるは絵を明 かるくする為め後ろより来れる光線の反射を強く取りたる為めであらうが外 に工夫の無きものか俯したる女児の左肩腕の附き際少しく穏かならず 髪の画き方もうまければ薄い衣物に模様の出て居るといふ画き難き所をチヤンと収まツて画かれたは敬服の至だ兎に角場中青年家の作では之 が白眉たるに相違ない様である
前回には牡丹で喝采と言はせた白耳義の閨秀画家ウィツツマン夫人は「菊」の大幅を出して居る今度の出来は牡丹 の様に筆の都合次第で新旧の画き方を交ぜるなどのことなく全体新派の調子よく整ひ遠景も菊に障らぬ様によく画かれて居るが日本 に幾らも奇麗な画の出来る菊花のことにもあり又其額縁の模様が細 く密かく丁度幅中の菊花と同調なるが為め図中の花が眼立たず彼是損 があつて引立たざるは遺憾である