白馬会一見(下)

  • 銀杏先生
  • 日本
  • 1897(明治30)/11/07
  • 3
  • 展評

◎黒田氏の裸体画 三体は場中最も人の視線を集むる者流石世論沸騰の中に起つて昂然其手腕を示さんとせしだけ刻苦惨憺の跡歴々見るべく意気寧ろ壮とす可き 者あり
◎三図中左方 に頭髪を握れる者は最も不出来なり其左手の土人形めきて屈伸自在の感無き足のトカケの胴のやうに見らるゝもうたてし或る悪評家は之 れを半身不随症に陥りし土左衛門なりと云へりしが醜と雖も稍や此傾向なしとせず右手も六十歳以上の老人の様に感し足も亦四十の坂をこせし男の如く覚ゆ蓋し 其線の配合等に至つて別に批難すべきを見ず
◎中央の図 筋肉の調子甚だ可胸部一帯乳房の膨起せる辺臍部の凹ある所など殆んど難ずべきもの無し大腿部の諸 筋肉亦妙只全体陰影の秩序を失したる点目立ちてをかしからず且つ其図柄の馬鹿げたる身振頗る興をさます是等は何とか他に方法を案ずべきことなり
◎右方の 図 線の配合よりすれば三図中最となすべし而かも胸腹部諸筋殊に大鋸筋の辺に無理らしき所あり且つ大腿縫匠筋などのあたりも筆路稍曖昧に傾く若是等の欠点 を除去し来らば先づ完全に近しとせん
◎兎にも角にも 以上三箇の裸体画は該会の主眼とも云ふ可し其喧囂の世論に抗して敢て屈せず昂然として如是の大作を 成す吾人は黒田氏の勇と熱心に幾多の同情なくんばあらざる也而かも作其物に就て之れを云へは未だ多く人を動すに足らざるを惜む吾人をして上述の他更に希望 を述しめんか今少し女性は女性らしう柔らかく描き血液の循環せる人間らしく感せしめたき也三図共或る技術の点に於ては流石新派領袖の腕として見る可き者有 りと雖も総体の上に於ては共に精神なき図画となり宛として石膏細工の写生の如く又解剖図を見るの感あるなり且三図共に各自独立して些の連関を有せしめざり しが如きは寧ろ愚策となす可し其ベツキを金箔もて埋めたる思ふに氏が苦心の結果たるべしと雖もこは却て疑ては思案にあたはずの類に陥りし者か吾人の目より すれば恰もピンヘツドのカードを見たらんが如き心地せらるゝなり先生尚以て得意とするか
◎駿台隠士 の説に曰く余は元来多くの画師等が主張する如く裸体 画を以て最も上乗の位置に推す者にあらず其美的価値よりすれば此他自然人事の諸材一切平等にして些の等差なしと信ず乃ち美の階級は材其者にあらずして其発 揮せる結果如何に依つて定まるを云ふ也故に余は彼等の如く特に裸体画を抽象して之れに待たざるのみならず我国風習の上より見る時は流行の勢終に平凡画工の 裸体画を無暗に学ぶ風ともならば実に厭ふべき道徳上の衝突を来す可きを信ずると共に寧ろ一定の制裁を加へて其自由術に及さんとさへ思意するなり蓋し裸体画 崇拝の多く画師に依つて唱へらるゝは寧ろ其仕事上に於ける快楽にして平たく之れを云へば裸体画は比較的他に比して困難なる仕事なればそを無事に仕上ぐるに は抜群の技倆を要すといふ点より其技術上の困難を切り抜けし手柄を直に美術上乗の値あるものゝやうに感ずる也否な此特種の感は裸体画の真価以外に多くの美 的価値を添ゆる也乃ち彼は美の組立方法の難易を以て直ちに美の標準と混同せるなり若し夫れ此画師等が説に雷同してワケも無くそを崇拝する者に至りては盲目 が人真似して芝居を喝采するが如きのみ然らざれば自然美より人事美が好しなどいふ自己の嗜好を標準とする一派の偏見者流のみ
◎曩に黒田氏 が京都に出品 せる裸体画は浴後の美人てふ卑俗なる画題にて一時大に風教上の問題となりけるより推して今回の作も尚出でざる迄は隠士私かに気を揉みたりき出でゝ後之れを 見る案じたる程にはあらで其感別に醜穢の点を覚えざりき此の点は先づ以て多とすべし
◎然れども 氏が今回の裸体画に就て其の美的価値如何を求めんか隠士 殆んど得る所なきに失望せずんばあらじ啻に其筋肉等の堅くるしくて寧ろ男性の体格に近き或る者は宛として肺結核性の骨格を為したる等の不調和なる感のみに 止まらんや大々的三箇の裸体画は殆んど皆何等の精神を有せず何等の意味を与へずしてかの実用的の他何等の趣味だに有せざる解剖図に対すると一般其感只索然 として又美の見る無き也
◎感情の発揮 は裸体画の一要素といふ黒田氏亦甞つて説く而かも此作果して何等の感情を発揮し得たるか余は断じていふ如是の画は 唯解剖学的に成功せる者にして美術的には何等の価値を見ずと以上隠士の説又参考として介す
◎同氏の作 此他尚多し中に大なるもの秋草中に立てる美人及び 湖辺の美人二枚とす他人の作ならば随分評すべき者なれど氏としては裸体画三枚にて十分なり唯湖辺の美人の如き脱俗の山水に俗気の化物じみたる権妻風の女を 配合しては客観でも実際でも一寸とも感心出来ざる也駿台隠士之れを評して曰く黒田には暫らく芸妓の写生をやめさして少し高尚な本でも読ますべし手先が上手 になつても頭が腐つては所詮駄目ダと(銀杏先生)

前の記事
次の記事
to page top